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簡単に化粧直しを済ませてロビーへ出ると、既に人気は無く、ガランとしていた。
たった一人、ソファーに腰掛けながら膝の上で手を組み、頭を垂れている男性がいるだけだ。
奏がホテルのエントランスに向かおうとする気配に気付いたのか、男性が顔を上げると、そこにいたのは怜だった。
彼がいた事で内心ギョッとするが、平常心を保つように、敢えて表情を消した。
「今日はお疲れ様でした。それでは、失礼します」
彼の前で立ち止まり、会釈をすると、奏が再び歩き出そうとした瞬間。
「音羽さん」
彼の腕が伸び、筋張った手が奏の左手首を掴んだ。
いきなり手首を掴まれ、怜を見やると、引き締まった表情の怜が奏の大きな瞳を捉えていた。
刺すような眼差しに、奏の鼓動がドクンと打たれる。それを悟られないように、彼女は落ち着き払ったような声音で答える。
「何でしょう?」
怜の涼しげな瞳が、目力の強いと言われる奏の瞳を捉えて離さない。
視線を交差させたまま、しばしの間、二人は見つめ合った。
「用が無いのでしたら、すみませんが私は帰ります。失礼します」
奏は腕を振り解こうとするが、怜の手首を掴む力が更に込められる。
「まだ何か?」
「この後、時間空いてるか? 前にメッセージで伝えたと思うんだけど、もし音羽さんが良ければ……これから食事に行かないか?」
事もなげに食事を誘ってくる怜に、腹の奥底からジクジクと怒りが湧いてくるのを、奏は感じた。
「あなたのようにモテる男性は、こうやって誘えば、女がホイホイついてくると思ってるのでしょう。モテる男性は色々と大変ですね」
半ば呆れながら奏は盛大にため息を吐く。左の手首を強く掴まれているせいか、ジンジンと指先が痺れていくのを感じる。
奏の放った言葉に、怜は眉間に深く皺を刻み、彼女を鋭い眼光で貫く。
「何を言っているのか、意味がわからないな」
「それに……さっき、元カノ——」
——元カノの園田さんと一緒にいましたよね?
奏はそう言い掛けてハッと瞠目すると、右手で口元を隠した。怜に対して、心の中に燻っている嫉妬心を露呈させるところだった。
「さっき? 何?」
「いや、何でもありません。お疲れ様で——」
挨拶を言い切る前に、怜が奏の言葉を遮った。
「なぜ君は——」
涼しげな奥二重の目元に、意志の強さを纏わせた怜の瞳は、どこか畏怖のような物を感じ、奏の身体が小さくピクリと震える。
「なぜ君は……人を寄せ付けないように冷たく振る舞う?」
怜にこう聞かれて、奏は言葉を返す事ができない。
「本橋の結婚式以来、ずっと思ってた。なぜ君は、人を寄せ付けないように振る舞うのか、と」
核心を突かれ、奏は下唇を震わせながら強く噛んだ。
***