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クロッカー〜 アトリエにて 〜
わしは、何のために生きているのだろう。そう考えてきてかれこれ何世紀時が過ぎただろうか。
ブリキの心臓の音が日に日に弱くなって行くのを感じる。人間で言う寿命が近くなっているのだろう。しかし、わしは人間ではない。落ちぶれたただの機械人間だ。機械であるが故に、同胞よりも長く生きていただけのこと。死というものに恐怖は感じない。この店と残された弟子たちの活躍や、美味いウィスキーの味を思い出せなくなるのは、少し名残り惜しいが。
「…ふむ。」
わしは、作業台においてある一通の手紙を手に取った。これは、数日前に送られてきた手紙だ。どうやら、古い友人が訪ねてくるらしい。大方、彼奴の目的はわかっている。
わしは、部屋の隅に置かれている一本の杖に目をやる。柄の部分に鳥の頭蓋骨がハマっており、その両サイドには黒い羽が添えられている地味な杖。見た目こそ派手ではないが、大事なのは見た目ではない。大事なのは。
カラン…。
店内に入店の知らせを告げるベルが鳴り響いた。やれやれ、今日はもうゆっくり休もうと思っていたのに。
わしは、車椅子の車輪を自力で回して来客の元へと向かう。適当に言い訳をして、帰ってもらおうと思っていたのに。
<クロッカー>。
久しぶりに呼ばれたその名前を聴いて、わしは眼を見開いた。あの時から変わっていない容姿と、不敵に笑う笑顔。相変わらずムカつくその態度には覚えがあった。
「まだ生きておったのか。<マッドハッター>。いや、<エーヴェル>。」
マッドハッター〜 クロッカーのアトリエにて 〜
私達は、目の前の老人と向かい合うように椅子に腰掛けた。ここはアトリエの談話室のような場所らしい。ここでいつもこのジジイは商談などしているわけだ。
「お主のことは来客達からちらほら入ってくる情報で聞いておる。…やんちゃな事をするために魔術を教えたわけじゃないんじゃが。」
「この世の中狂ってないと生きていけないぜ? 正気に戻ったら負けさ。」
クロウが、老人と私達に紅茶を用意してくれた。しかし、アルマロスは興味を一切示さない。それに対してスパイキー達は、紅茶のお供に用意されたお菓子に興味を示している。
「新しい仲間か。」
<クロッカー>は、スパイキー達を見ていると目があったのか、孫を見るかのような顔で優しく笑って見せた。その笑顔を見た私は、胃から酸液が込み上げて来るような感覚になり、苦いものを食べたかのように舌をべーっと出しては、小さく「キモい顔するなよ」と呟いた。本人には聞こえないように言ったつもりだったが、<クロッカー>の耳には聞こえていたらしい。
「お前は、もう少し老人の気持ちを理解できんものか。」
「おー、怖。散々人には老人扱いするなと怒鳴ってきた癖に。相変わらず、<オートマタ>としての機能は正常に動いてやがる。」
「…どうだろうな?」
昔の彼ならば、すぐに怒鳴ってくるはずだった。目をわずかに伏せて紅茶を啜る姿をみた私は、なんとなく察しがついていた。
「ブリキの心臓の音が弱いな。」
「…うむ。」
アンティークなカップを置いて、車椅子の背もたれにゆっくり倒れる<クロッカー>。否定もしてこないところを見ると、やはりそういうことなのだろう。
「…<オートマタ>は、大昔のブリキの人形に過ぎん。ましてや、<ヒューマノイド>の生まれ続けるこの時代。わしらのようなオイル臭い機械など直せる人間はもうおらんじゃろう。」
「まだ、時間はある。どんなに時間がかかっても必ず技師を見つけて」
「ならん。」
私が言葉を続けて発しようとしたが、その一言で制止された。一度ゆっくり閉じた瞼を開けると、そこには覚悟の決まった緑色の瞳が私を映していた。それでも、まだ。私には彼が必要だった。
「私には、まだやることがある。それを達成させるのに先に逝かれちゃ困る。」
「傲慢なやつめ。老人を雑に扱うでないわい。それに、わしでなくとも他の弟子達がおる。」
「信用できん。」
「わしが苦労して育ててきた職人じゃぞ? ちっとは信用せんか馬鹿者。」
「私も貴方の弟子なんですがー?」
「各地で犯罪を犯してる弟子なんぞ、わしゃあ知らん。」
このクソジジイ。今ここで鉄くずにでも変えてやろうかと思ったが、喧嘩しに来たわけでない。ましてや、こうして積もる話をしに来たわけでもない。
「そんなことよりもだ。例のあれ、できているんだろう? こっちはジジイの愚痴とかを聞きにきたわけでもないし、観光にきたわけでもないんだ。」
早くと言わんばかりの視線を向けると、<クロッカー>は少し前かがみになり、テーブルの下から長いケースを取り出した。今回はコレを取りに来たのが目的なのだ。
「せっかちな、クソガキめ。」
<クロッカー>がケースをテーブルに置き、蓋を開けると中には厳重に布で包装されたものが入っていた。<クロッカー>が布を慎重に布を剥ぐと、持ち手に鳥の骸と黒い羽が二枚ついた一本のステッキが姿を現した。
「これが、お主専用の杖。<コープス・ステッキ>じゃ。」