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『今度の土曜日、ドライブ行こうよ! あ、今ね、豪さんが葉山さんを誘ってるの』
「うわっ……」
(それにしても……奈美の自宅に行った時から何となく思ったけど……彼女って、こんなキャラだったっけ?)
奏が知る奈美は、どちらかと言うと大人しめの性格で、恥ずかしがり屋だったと記憶している。
出会った男性で、こうも女は変わるものなのか。
奈美は独身だった頃よりも、今の方が生き生きしている。
という事は、彼女の夫が奈美を良い方向へ導いてくれたのだろうか?
もしくは、彼女自身が夫と一緒にいる事で、いつしか良い方向に変わっていたのか?
いずれにせよ、今の彼女は、奏から見ても明るい女性になった事に違いない。
『ちょっと奏。うわって何よぉ』
「いや、心の声がそのまま出ただけだよ。っていうか奈美ってさ、こんなキャラだったっけ?」
奏が奈美に問いかけると、少しの間、電話越しに沈黙が降りた後、彼女がポツリ、ポツリと話し始めた。
『……奏も知ってる通り、私は高卒だし…………恋愛経験も、豪さんと出会う前は一人しか付き合った事ないし……仕事もフリーターで……これといった取り柄もないし…………コンプレックスの塊だったの……』
初めて知る、親友の心の中に抱えていたもの。
彼女がそんな引け目を感じていたとは思いもしなかった。
大人しめな性格だった故に、敢えて人に話す事もなかったのだろう。
『でも、そんな私を豪さんはいつも尊重してくれて……生涯の伴侶として俺が決めたのは奈美なんだ。だから自分を卑下するような言い方はもうやめて欲しい。奈美の長所は、俺が一番よく知っているんだから……って言ってくれたの。それからだよね、少しは自分に自信持っていいのかな? って思うようになったのは……』
「そうだったんだ。奈美の事を大切にしてくれる良い人と出会えて……本当に良かったね」
しんみりしながら奈美に声を掛けると、彼女は気持ちの切り替えが早いようで、透明感のある声音で、ケロっとしながら話を続ける。
『そうそう、土曜日の事だよ! 当日は朝九時にうちに集合だよ。よろしくね』
「わかった。じゃあ土曜日ね」
通話終了のアイコンをタップし、奏は大きくため息を吐きながら、親友を思う。
恥ずかしがり屋で大人しかった奈美が、豪と出会って結婚し、明るい性格になったのを間近で見て、私にも、いつかそんな日が来るのかな、と奏は漫然と思う。
彼女の心の隙間からスっと入ってきた、葉山怜。
彼と何度か会っているうちに、仕事に対する熱量や、常に向上心を持ち続けている彼の事を、すごく素敵だと思うようになっているのは確かだった。
だが、正直なところ、人を好きになる事が怖いと思う奏の不安は拭いきれていない。
というよりも、人を好きになり、嵌ってしまう自分が怖い、といった方がいいのかもしれない。
(なるようになるしか……ないのかな……)
そんな事をぼんやり考えていると、再びスマホの着信音が鳴り、奏は画面を確認した。
——着信:葉山怜
(は? メッセージじゃなくて電話!?)
奏の心臓が早鐘を打ち、鼓動を落ち着かせるために胸元に手を当てながら、通話のアイコンをタップした。
「…………もしもし」
思わず怪訝な声で話すと、怜は特に気にも留めない様子で普通に話してきた。
『葉山です』
「はぁ……どうも」
『いきなり電話して驚いたか?』
「驚いたか? って、そりゃ驚きますよ。メッセージで連絡するって言ってたのに、電話してくるんですから。アプリの通話機能を使ってるんですよね?」
『そう。メッセージでも良かったんだけど、電話で直接伝えたかったからさ。君から預かった楽器のオーバーホールが、もうちょっとで終わりそうだから、土曜日に楽器を渡せるよ。土曜日のドライブ、行くだろ?』
「ええ、まぁ一応行きますけど」
落ち着いている声音を装って怜と通話しているが、それとは裏腹に鼓動が暴れるようにドキドキしていた。