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『なら土曜日さ、オーバーホール後の吹奏感を知りたいから、一度何か吹いてもらってもいいか? 俺も最近テナーサックスを吹いてないから、車に楽器を積んでいこうかと思ってるんだ。あ、もちろん奏さんの楽器を調整できるように工具関係も持っていくよ』
「はぁ……わざわざすみませんです」
『君のピアノは二度聴いてるけど、トランペットの演奏は初めて聴くから楽しみだな……』
画面の向こう側で、怜がフッと笑みを零したような声が微かに聞こえる。
「高校卒業してから一度も吹いてないので、演奏を楽しみにされても困るんですけど」
可愛くない言い方だっていうのは、奏にもわかっている。
だけど、怜から思わせぶりのような事を言われたら、『もしかして……』って期待しまうからやめて欲しい、と思ってしまう。
『いや、天下の片品OGだろ? ラッパ吹けば、奏さんの身体が思い出すと思うぞ?』
「っていうか、『天下の片品OG』って何なんですか? それに、身体が思い出すとか、如何わしい言い方やめてくれません?」
『……エロいって考える方がエロいんだろ?』
これ以上こんな話をしたら、話が更に変な方向にいってしまうと感じた奏は、さっさと言葉を結ぶ方向で返答する。
「ひ、ひとまず土曜日! よろしくお願いします! では、おやすみなさい!」
『ああ。おやすみ』
通話終了のアイコンを慌ててタップして、またも盛大にため息を吐く。
「葉山さんと話すと…………心臓に悪いよ……!」
奏は独りごちた後、飛び込むようにベッドへ身体を預けた。
ドライブ当日の朝。
普段よりも大分カジュアルなパンツスタイルとスニーカーという格好で、集合時間よりも十分ほど前に本橋家へ到着した奏だったが、既に豪と奈美、怜の三人が駐車スペースの前に立っていた。
「奏、おはよう!」
奈美が、やたらテンション高めで挨拶してくる。
「おはよう奈美。旦那さん、葉山さん、おはようございます」
「音羽さん、おはようございます」
豪が朝から色香を滲ませた表情で挨拶を返してくれる。
「おはよう、奏さん」
名前呼びに気付いた本橋夫妻が、怜に気付かれないようにニヤリと笑ったのが見えた。
(ったく……この夫婦に乗せられてるようで癪だよ……)
奏が心の中で毒付く。
「じゃあ、皆揃った事だし、出発するか」
豪が一声かけて白のSUV車に乗り込み、怜は白のセダンに乗る。
奏がしれっと奈美の後に続くと、彼女はニヤニヤしつつ、
「奏はあっちでしょ?」
と言い、怜の車へ奏の身体を両手で押し出す。
「ええぇぇ……」
気弱な声を出しながら、奏は眉間を寄せて目尻を下げると、奈美はセダンの助手席のドアを開け、『奏をよろしくお願いします』と怜に声を掛けていた。
奏が渋々と怜の車に乗り、奈美は助手席のドアを閉めると、そそくさと豪の車に乗り込む。
「…………さっき逃げただろ」
助手席に乗り、シートベルトを装着した奏に、怜がニヤけながら開口一番に言う。
余裕綽々の言い草にムカっとした彼女は、顔をくしゃくしゃにさせて、ベッと舌を出した。