テラーノベル

テラーノベル

テレビCM放送中!!
テラーノベル(Teller Novel)

タイトル、作家名、タグで検索

ストーリーを書く

シェアするシェアする
報告する

「もう時間ですのよ? 参列の方々を待たせるのですか?」

「すまない、ほんの少しだから。どいてくれないか」

「いいえ、今日は父に関係のある方も多く来ているのです。父が目を掛けているあなたの都合で遅れたとあっては」

「天田先生には、あとでよく詫びておくよ」

と、強引に押し退けようとすると、彼女は俺の腕をつかんできて。

「父の顔に泥を塗るつもりですか? あなたのキャリアがどうなっても!?」

つんざくような声で叫ぶ。

必死のその形相に、俺に嫌な直観が閃いた。

まさか――いや、この女なら、やりかねない。

「紗英子くん、俺のスマホをくれないか」

「先生……!」

「早くよこせ!」

思わず声を荒げた自分に驚いた。

これほど怒りに駆られたのは――感情的になったのは、いつぶりだろう。

美良と出逢う前の俺なら、恩師に迷惑を掛けるような真似はけしてしないし、女性に声を荒げたりもしなかっただろう。

俺は美良のこととなると、こうまで我を失い感情的になってしまうのか……。

まるで、姉を失う以前の自分を取り戻したかのように。

俺にとって美良は、それほどまでに大切な存在なのだ。

彼女に見守ってもらえず受ける受賞など、なんの価値もない。

大勢の人間に迷惑を掛けようが、彼女以上に優先するものなどない。

美良がいなければ、俺はもう、生きていくことはできないんだ。

この期に及んでまで、紗英子君はスマホを出そうとしなかった。

嫌な直感は、確信に変わっていた。

俺は冷ややかに言い捨てた。

「紗英子君、俺が世話になっているのは天田先生で、娘の君ではない。君の好意に気付かない俺ではない。先生への建前上、無下にするのは控えていたが、今はっきり言おう。俺に君は不要だ」

「そんな先生、私は……!」

「俺が必要なのは妻で、君のような女ではない。今度また妻を卑下したり、貶めようとするのなら、絶対に容赦はしない」

「……」

「妻の居場所を教えろ」





暗い部屋の中、スマホ画面だけが灯っていた。

椅子すら置いていない部屋の床に座り込んで、私は茫然とそれを見つめていた。

あたりに置いてある文具や雑貨の箱から考えると、ここは倉庫らしかった。

まんまと紗英子さんに騙されて、閉じ込められてしまったのだ。

窓もない。

扉の前で大声を出しても、埒が明かない。

幸いスマホの電波が生きていたので、鍵を開けてもらおうと大学事務に電話してみた。

けれども、ここがなんという倉庫なのかが分からなかった。

職員の人はすぐに動いてくれたから、ここから出られるのは間違いないだろうけど、この広い大学内の倉庫をしらみつぶしにあたるとなると、時間はかかる。

授賞式には、当然間に合わない。

もちろん聡一朗さんにも連絡した。

けれども時間も時間だから、一切反応がなかった。

そうこうしているうちに、時間は十四時を過ぎた。

もう授賞式が始まってしまった。

時間を守らなかった私を、聡一朗さんはどう思うだろう。

聡一朗さんは優しいし、事情を話せば許してくれるとは思うけれども、迷惑をかけたことには変わりない。

つんと鼻の奥が痛んで、涙が零れた。

もとはと言えば、家を出たのが遅かったのがいけなかった。

紗英子さんの酷い仕打ちとはいえ、自業自得と言う部分も大きい。

あの木箱の中に入っていたものに気をとられ過ぎてしまった自分の未熟さが、情けない。

ガチャ。

涙ぐんでいたところで、突然、扉から音がした。

鍵が開いたんだ。

良かった、職員の人が探し当ててくれたんだ。

と思ったけれど、入って来たのは、

「美良……!」

聡一朗、さん……!?

その姿を確認した次の瞬間、駆け寄ってきた聡一朗さんに私は抱き寄せられていた。

涙がさらに込み上げる。

私を抱き締める腕は、とても力強くて温かかった。

「聡一朗さんごめんなさい……。私がどじをしてしまったから」

「解かっている。全部知っているよ。紗英子君を問い詰めたら白状した」

問い詰めた?

聡一朗さんがそんなことをするなんて、と思うものの、大事なことを思い出してはっとなる。

「授賞式は?」

「ああ、俺がいなくて遅れているだろうな」

私は聡一朗さんの胸元から顔を上げた。

「私のせいで、そんな迷惑を……!」

「いいんだ」

聡一朗さんは私の頬を両手で包んで、微笑んだ。

「やっと気付いたから。君がいなければ、俺は本当にすべてを失ってしまうということに」

目を丸くする私を、聡一朗さんはじっと見つめた。

「凌から、姉の話を聞いたんだろう?」

「えっ」

「さっきあいつから連絡が来ていた。すまないな、今日あいつが来ることを、すっかり忘れていたよ」

聡一朗さんは苦笑いした。

「あいつにも怒られたよ。『今のおまえには美良ちゃんがいなくてはだめなんだ。だから絶対に失うな』ってな」

柳瀬さんが、そんなことを……。

「俺もようやく、あいつの言う通りだと気付いたよ。君を失ってしまえば、俺は姉の死以上に苦しんで、そして自分をもっと嫌いになってしまう」

熱い愛を宿した瞳で、聡一朗さんは私を真っ直ぐに見つめた。

「愛している、美良。心の底から」

そうして見せてくれた笑顔は、閉ざしてしまった心を開放し初めて見せてくれた、喜びと幸福に満ちたものだった。

なのに、私はそれをぼやけた視界でしか見ることができない。

嬉しくて、涙が止まらなくて。

代わりに私はうんうんと何度もうなずいて、震えた声で伝えた。

「私も聡一朗さんを愛しています。あなたと出会えて、あなたと結婚できて本当に幸せです」

温かいぬくもりに再び包まれ、私も力強く抱き締め返す。

私たちの唇は惹かれ合うように自然と合わさっていた。



その後は、大変だった。

授賞式を遅らせてしまったことを関係各所にお詫びするのに一、二時間かかり、私と聡一朗さんがやっと一息ついたのは陽が沈んだ頃。

くたくたになったけれども、「これも心を通い合わせた後の初めての共同作業だな」なんて聡一朗さんが冗談めかして言うものだから、つい笑ってしまった。

loading

この作品はいかがでしたか?

45

loading
チャット小説はテラーノベルアプリをインストール
テラーノベルのスクリーンショット
テラーノベル

電車の中でも寝る前のベッドの中でもサクサク快適に。
もっと読みたい!がどんどんみつかる。
「読んで」「書いて」毎日が楽しくなる小説アプリをダウンロードしよう。

Apple StoreGoogle Play Store
本棚

ホーム

本棚

検索

ストーリーを書く
本棚

通知

本棚

本棚