その頃、同じ医局のにいる同期の伊藤と椅子に席に座った重森は複雑な思いに囚われていた。
しかしそんな重森には全く気付く様子もなく伊藤が言った。
「おい、お前あんな美人とどこで知り合ったんだ?」
「え? あ、うん、大学の時同じサークルにいたんだ」
「すっごい美人じゃねぇか! まさか元カノとかじゃないよな?」
「違うよ。何馬鹿な事を言ってるんだよ」
重森は焦って否定する。
なぜ焦ったかと言うと、今重森は医学部の同期で同じ病院で働く産婦人科医の清川あかりと交際していた。
同じ同期の伊藤もあかりの事をよく知っているので、もしここで二人が付き合っていた事がばれるとあかりの耳に入ってしまう。
重森がよく行くカフェに元恋人がいるとわかれば、あかりは何をしでかすかわからない。
だから二人の関係を伊藤に知られてしまうとマズいのだ。
「なんだ違うのか。もしそうだったらあかりが騒いで面白かったのになぁ。アイツ超やきもち妬きだからなぁ。でも彼女絶対オトコいるよなぁ。なんかすっげー高そうな指輪をはめてたの見たか? あーもしフリーだったら俺がアタックしたのに残念だなぁ」
伊藤は心からがっかりした様子で言う。重森は伊藤も華子の指輪に気づいていた事にびっくりする。それもそのはずだ。あの指輪はかなり存在感がある。
『俺の女に手を出すなよ』
指輪からは男からの無言のメッセージが発せられているような気がした。
(相手は一体どんな奴なんだ?)
重森は気になって仕方がなかった。
目の前の伊藤は食事を始めていた。
(それにしても伊藤が華子に目を付けるとはな)
伊藤は重森以上にハイスペックなイケメンだ。伊藤は学生時代ファッション誌の有名モデルと付き合っていた事もある。
だから女を見る目はかなり厳しい。そんな伊藤が華子を気に入っているのだ。重森の心中は複雑だった。
その時重森は現恋人の清川あかりの顔を思い浮かべた。
あかりの実家も重森と一緒で大きな総合病院を経営している。
お嬢様育ちでそこそこの美人、聡明なあかりは怖いものなしの強気の女だ。重森はその気の強さに魅かれた。
重森が華子と付き合おうと思ったきっかけも華子が積極的で気が強かったからだ。
重森はもともと気の強い女が好きなのだ。
しかし重森は最近あかりの気の強さに疲れを感じるようになっていた。
とにかくあかりは何があっても折れない。だから些細な事で喧嘩をするといつも謝るのは重森の方だった。
あかりの事でもう一つ気になる点がある。それは金遣いが荒いという事だった。
あかりはストレスがたまると次から次へブランド品を買い漁る。
買って使うのならまだしも買ったまま放置している場合がほとんどだ。
散財はブランド品だけにとどまらず洋服や靴も新しい物を次々と購入する。買った洋服はタグがついたまま放置されている場合も多い。
経済的に恵まれた環境で育ったのでおそらく金銭感覚が麻痺しているのだろう。
仕事のストレスを買い物で晴らそうとするのでおそらく給料のほとんどを使っているのではないだろうか?
そんな金銭感覚の女が嫁になったら重森の実家の総合病院は潰れてしまうのではないか? そんな不安が頭をよぎる。
普段は女医として多忙な日々を送っているのでもちろん家事は一切しない。
『掃除も食事作りも専門の人を家に呼んだ方が効率的でいいわ』
そういう考え方の女だ。だから掃除や炊事などの家事全般をあかりは家政婦に委託していた。
そんな女を嫁にして大丈夫なのだろうか? 最近重森はそんな事を考えている。
そこで重森は華子と付き合っていた頃を思い出す。
美人で華やかで気の強い性格の華子は一見するとあかりとよく似ていた。しかし華子は家事をしていた。
重森と付き合っていた頃は頻繁に手料理を振る舞ってくれた。
いつも派手なネイルをしていた華子の外見からは到底料理をするようには見えなかった。
しかしその予想を裏切り華子は料理上手だった。重森はそのギャップにやられてしまう。
重森が疲れていると消化の良い和食を。そして誕生日などのイベントには華やかなパーティー料理を作ってくれた。
それが正直ウザいと思った時期もあった。しかし今思い返すと、その温かい手料理やきめ細かな心配りは良き妻としての資質を充分に兼ね添えていたように思える。華子と別れてからその事がずっと心に引っかかっていた。
だから別れた直後に勢いでしてしまった着信拒否は半年ほど経って解除していた。
(アイツは俺に惚れていたからまたきっと連絡してくるに違いない)
重森はそうたかをくくっていたが、その後華子からの連絡が来る事はなかった。
(俺はあの時華子から連絡が来る事を期待して着信拒否を解除したのか?)
その時重森は気づいた。自分は心のどこかで華子からの連絡を待っていたのだという事を。
その時伊藤の声が耳に響いた。
「おい重森っ、聞いてるのか?」
「あ? うん悪い、もう一度言ってくれ」
「だからぁ、四階西病棟の笹田さんの件だよ」
「あ、ああ、笹田さんね」
重森はまだ若干うわの空のまま伊藤が受け持つ患者の容体について耳を傾けた。
コメント
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女医で多忙なら家政婦さん雇って家の事を任せる選択肢も有りだと思います。ストレス発散で散財されるのが嫌なら重森さんが何とかすれば良いのに。華子さんは陸さんに出会い前に進んでるだから邪魔しないで〜
長く付き合っていた華子チャンを 自分で勝手に捨てておいて、重森は一体何なのでしょうね⁉️😱 別れた後 たくさん辛い思いをしたけれど、華子チャンはこの男と決別して正解‼️😆👍️ 自分を磨き、過去を振り返り反省し、素敵な人を射止められたね....👩❤️👨♥️
情けない男だわ…華子別れて良かったね陸さんなら優しすぎる😙