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「葉山さんですね。先日は結婚式に来てくれて、ありがとうございました。本橋の妻、奈美です」
「初めまして。本橋の高校時代の友人の葉山怜と申します。突然お邪魔してしまい、すみません」
怜は軽く一礼した後、徐に奏へ視線を向けると、彼女の鼓動が一際大きくドクンと跳ねた。
「こんばんは。先日はお疲れ様でした」
怜は何事も無かったかのように、緩やかな表情を見せながら奏に挨拶をする。
「どうも。先日はありがとうございました」
あのパーティで無様な姿を見せ、若干照れも入ったせいか、奏はぶっきらぼうに挨拶を返して会釈した。
先ほどの豪との会話で、今日が仕事だったという怜を見やると、グレーのスーツを着ている。
「あっ……」
奏が何かを思い出したかのように、小さく声を出した。
(葉山さんの事、どっかで見た事あるような気がするって、結婚式の時から思ってたけど…………やっと思い出した。前に楽器店へ楽譜の在庫確認と補充に来てた、イケメンでイケボの社員さんだ……)
今の怜のスーツは、奏が彼を初めて見た時に着ていたスーツだ。
(葉山さんの目を見て、目力が強いなって思ったんだよなぁ……)
あの時、ほんの一瞬だったが、時間が止まってしまったのかと思うほど、怜と視線が交わった事を、彼女は今更ながら思い出す。
「奏? どうかした?」
思考の海を漂っていた奏に、奈美が不思議そうに尋ねる。
「ううん、何でもないよ」
「葉山さんも来た事だし、お茶入れてくるね。あ、こんな時間だし、ピザでも取ろうか」
奈美は立ち上がり、キッチンへと向かうと、どことなく居心地の悪さのようなものを感じた奏もソファーから立ち、親友の後についていく。
「な、奈美。何か手伝うよ」
「いいのいいの。奏はお客様だから、ソファーに座って待ってて。ね?」
奈美は楽しそうにニヤニヤしてお湯を沸かし始め、スマホを手にしてピザを注文し始めた。
仕方がないので奏はリビングに戻ると、豪と怜が二次会の事をまだ話していた。
「お前、二次会をドタキャンしたの、音羽さんに声を掛けるためだったんだな」
「…………うるせぇな」
豪は含み笑いをし、怜は顔を微かに紅潮させながら、不機嫌そうな顔をしている。
「で、これ。キャンセル料な」
「いやいや、すみませんねぇ、葉山さん」
怜は渋々とお金の入った封筒を豪に手渡した後、リビングを見回し、飾ってある写真を見ながら彼に聞いた。
「ってかさ、お前、こんなキャラだったか?」
「何だよ、こんなキャラって」
「奥さんとの写真、リビングに結構飾ってあるだろ?」
奏がソファーの側で立っている事に気付いた豪が、『怜の隣に座って』とわざとらしくニヤけながら促した。
奈美がお茶をトレイに乗せ、リビングへ戻ってきた。それぞれの前にティーカップを置くと、豪の横に腰掛ける。
「以前の俺は、彼女との写真を飾るなんて恥ずかしくて無理だったけど、これは相手が奈美だからだな。妻は、俺をいい方向に変えてくれた女なんだよ」
豪はそう言いながら奈美の手を取り、恋人繋ぎをする。
(なるほど。旦那さんは奈美と出会って変わったんだ……)
しかし、目の前の夫婦の惚気具合が半端ない。
今の奏には、ある意味『目の毒』だ。
「ご馳走様で〜す……」
親友夫妻の様子を見た奏が、敢えての無表情でボソリと呟くと、先ほどまで仏頂面だった怜が、フッと唇を緩ませた。