ある日の真っ昼間、長い石段を駆け抜け、参道をぴょこぴょこ走ってくる子供が神社の社内から見えた。
その子は境内を掃除中の私に勢いよく抱きついた。
その反動でふらついた私にお構いなく、その子は話しかけてきた。
「ねぇねぇ!おばさん!」
『こら?お姉さんと呼べ?』
「なんでー?なんで何百年も生きてる人にお姉さんなの?w」
『(うっ、純粋な疑問は効く…!)』
「ま!嘘だろうからお姉さんでいいよ!」
『少年…どこでからかい方を覚えたんだい…』
『で?なんの用だい?』
「来週!あそこの商店街でお祭するんだ!おれもね!家族でお店屋さんするから来てほしいの!」
子供が参道から商店街を指さした。あそこでは毎年この時期に地域の農作物の豊作・街作りの発展を願い祭が開催される
『祭か……もうそんな時期なんだね』
「来てくれる…?」
『………ごめんね』
「え〜〜〜!去年もそうだった!今年は来てくれるって言ったじゃん!!」
『でもね〜、こんな化け物が街に降りたら騒ぎになっちゃうからね〜』
「化け物じゃないよ!!」
『ははっ無邪気でかわいいね、少年』
「…だって!大人の人たちはこの神社をこわすとか!意味わからないことばっか言ってて!変じゃないよって何回も言ってるのに!!聞いてもらえなくて!!!」
『…ありがとう、優しいね』
「ううん…なんもできてないもん…」
『毎日遊びに来てくれてるだけで嬉しいんだよ』
『少年は本当は、こんなところにいるんじゃなくて、友達といっぱい駆け回り、遊んで、成長する時期なんだよ。もう、ここには来なくていいのよ 』
「やだよ!来るもん!ともだちとあそべって言うなら!連れて来る!!」
『駄目だよ』
「…ッな、なんで!?」
『本当なら誰も来るはずじゃなかった。来てはいけなかった…』
『少年、化け物に食べられちゃうよ?』
「え?……おばさん?」
子供は目の前で起きたことが現実には思えなかった。
今話している巫女服のお姉さんは、『私は何百年も生きてるのよ〜』と冗談を言うような優しくて面白い人だと、その言葉を真に受けていなかった。
今、そのお姉さんから黄金色の狐の耳や、一本だけではない尻尾が巫女服から顔をのぞかせたのだ。
「お姉さん…?」
『おばさんでいいのよ…もう何百年も生きてるのだから』
「その耳と尻尾はほんもの…?」
『えぇ、フサフサよ?触ってみる?』
「いいの?」
『もちろん』
「……わぁ、なんか犬の尻尾みたい」
『はははっ、そうよねw、犬のほうが身近だものねw』
『犬じゃなくてね、私は狐なの』
「きつね?…でも尻尾いっぱないよ?」
『正確には、”九尾“って言って、狐の妖怪』
「よう、かい?」
『少年にはちょっと難しいか〜』
「わかるよ!ジバ◯ャンみたいな!」
『え!今の子わかるの!?』
「うん!あのさ、お姉さんほ、”こんさん”ってこと?」
『あー、そういえばここの地域は九尾のこと、”こんさん”って言うんだったね』
『こんさんでいいよ、そう呼んで?』
「わかった……でもさ、ようかいだからと言ってさ!なんで怖いの!?」
「こんさん!こんなに優しくて面白いじゃん!なにも怖くないのに!なんで、?」
『少年………』
『きっと、人間は妖怪って存在が怖いのかもね』
『私も昔は思ってたし、』
「え?自分もようかいなのに?」
『私は昔、人間だったの』
「え!?」
『まあ、嘘って思ってもいいけど』
「うーーん…」
『悩むんかーい』
「えへへっ」
『ははっ、………こんな妖怪が街に降りてきて怖がられるのも嫌だし、ここを離れて、神社が消されるのも嫌、』
「消される…?どういうこと?」
『ここの神社、何百年もずっとこのまんまなの。ここを離れたら、私の力が弱まって、劣化しちゃう。人間の手が加わらなくても壊れちゃうの。』
「そんな……」
『だから、私はいけない。友達とめいいっぱい楽しみなさい』
「…………うん」
『ふふ、ありがとう』
「でも!おれのお店のごはん持ってくるよ!楽しむのはいいじゃん!」
『…!迷子にならなければいいけどねw 』
「ならないし!!」
『ありがとうw!』
〜祭当日〜
「ママ!おれ!ともだちのところ行ってくる!」
『友達?なんて子?』
「こんさん!」
『迷子にならないでね!気をつけてね〜!』
『……こんさん?』
おれはお店で作ったりんご飴を持って神社に向かった。
夕方なのもあって、人通りは多くて前が見辛かった。
青信号が点滅した。
「あ!渡らなきゃ!」
向かって来る人が信号を渡り終わっていて、おれはやっと空いた道路に一歩踏み出した。
横断歩道は赤信号。
左折する車に気付かないで。
ライトに照らされて気づいた。
車の人も驚いている。
なんだろう。
全部、ゆっくりに感じる。
うるさい音が交差点に響いた。
轢かれたんだと思った。
だってブレーキが間に合わないで、車は横断歩道を横切ったんだもん。
でも、おれは生きていた。
目を開けると、そこは神社だった。
「え?」
『少年』
声の先には尻尾が9本の狐のお姉さんがいた。
少し怒っているように見えた。
「こんさん…」
『あのね、少年、止めなかった私も悪かった。でも焦って、周囲を確認しなかった少年も……!?』
「こんさぁん……!」
死んでしまうと思った恐怖と、こんさんに会えた安堵でぼくは泣いてしまった。
こんさんの巫女服を涙で濡らした。
それでも、こんさんはさっきの表情を崩し、抱えてくれた。
『怖かったね…』
撫でてくれるその手が優しくて、温かくて、ぼくは安心して眠ってしまった。
『あら……疲れちゃったか』
『りんご飴、ありがとね』
九尾は子供を抱え、縁側に腰掛けた。
交差点では神隠しが起きただの、幽霊だのと騒いでいるが、すぐ収まるだろう。
あの車の人には心臓に悪いことをしたが、許してほしいと九尾は思った。
『さて、神隠しをしてしまったが、どうやって責任とるべきだろう…はは 』
苦笑いを浮かべる九尾は、神隠しの重さを知っていた。
妖怪が人の未来を変えてしまった。
あの時、九尾が神隠しをしなければ、子供を助からなかった。
神隠しを未来を変えるために行った、妖怪が人の運命を捻じ曲げた。
この事実は重罪だった。
『こっちはあくまで、見守る存在なのよ?それ以下でも以上でも駄目なの……もう、側にいれないわ』
「いやだよ…そんなの」
『あら、起きたの?』
「こんさんと一緒がいい!いなくならないで!!」
『…少年は、私に近づきすぎた』
『そろそろお別れよ』
「やだ!!」
『りんご飴ありがとう、美味しかった』
「やだ!!!おねがい!離さない!」
『……もう怪我しちゃだめだよ?』
「こんさん!!!!!」
『あ!おかえり!りんご飴渡せた?』
「え…?あれ、ここ…神社は?」
『神社?なに言ってるの?ほら!そろそろお祭終わるから、片付けるの手伝って!』
「でも、おれ!」
『どうしたの?…さっき事故があったみたいだけど、ゆうき、大丈夫だった?』
「事故…?あれ、おれ、どこ行こうとしたんだっけ?」
『えー?何言ってるの?もう疲れちゃった?』
「そうかも、寝る」
『えーーー?』
『まあ、そこにいてくれるならいいよ』
なんだか、不思議だ。
今日はお祭で、1週間も前から楽しみにしてたのに、全く記憶がない。
どこでなにしてたんだろう。
りんご飴、どうしたんだろう。
なんで交差点を通ろうとしたんだろう。
結局、渡らなかったし。
おれは、毎日放課後、どこに行ってたんだろう。
『少年、ありがとな』
この声は誰だろう。
「こんさん…」
『え?ゆうきが事故に?』
「ええ、さっき交差点で、ゆうき君に見えたんだけどね」
『でも、ゆうき帰ってきてますよ?』
「え!?本当ですか!?じゃあ見間違いかもしれません…すみません…」
『いえいえ、わざわざありがとうございました!』
「いやー、しかし、実は交差点で轢かれたはずの子供が見つからなくて…はっきり、ドライブレコーダーには映ってるのに、人だけ消えたんですって」
『えー、なんか怖いですねw神隠しみたいで………』
「ですね〜」
『神隠し………』
「お母さん?大丈夫ですか?顔色が悪いですよ? 」
『あー、疲れて…大丈夫です!』
「そうですか、あ、俺も片付けがあって、失礼します!」
『…ゆうき、こんさんって誰?』
「おい、お前事故ったってまじ?」
『うん、事故ったはずなんだけどさ、』
「事故って?ぶつけた?」
『ううん、子供、轢いた』
「え、?やばくね?電話してていいの?」
『いや、なんか轢いたはずなんだけどさ、いないんだよね…』
「は?」
『なんか、轢いた子供、消えたんだよね』
「どゆこと?幽霊?…ただの見間違いだったんじゃね?」
『いや、そうならいいんだけどさ?他にも見た人いて、……神隠しじゃないか、みたいな、』
「えー、集団幻覚とか?」
『かも、』
『ドラレコ今見てて……あ、』
「ん?」
『やっぱいるわ。子供』
「え、こっっわ」
『………え?』
「なになになに、怖いて」
『いや、は?、なんか、轢いた感覚ないなって思ってたんだけどさ、なんか赤いわ』
「…なにが?どういうこと?」
『全体……いや、ボンネットが、轢いてるんだよな…俺……』
「大丈夫か?落ち着け?」
『うん、大丈夫。ただ、本当に意味わからんくて、なんか、え、狐?』
「は?狐?…お前ほんまに大丈夫か?」
『お前、今から送るデータにさ、狐いるから見てくんね 』
「いやドラレコ見せようとしてる?友達にトラウマ植え付けんな」
『いや、ガチで、俺もう怖いわ。神隠しじゃん、こんなの』
「…わかった、あとで一緒に見よう、とりあえず家帰って休め」
『うん……』
地図に載ってないような神社に1人の巫女さんがいた。
いや、それは人ではなかった。
時折見せるその神秘的な表情に魅了されて、取り込まれる人が現れる。
それは妖怪『九尾』だった。
関わればろくな事にはならない。
地域の人はその神社を避けた。
でも、子供というのは不思議で。
存在も忘れられ、地図にも載らなくなった神社に足を運び、魅了されてしまった。
その美しい表情に。
『こん』
コメント
12件
巫女服九尾…絶対脇見せてるタイプの巫女服着てるでしょ 妖怪ウォッ〇知ってる子供は絶滅危惧種だぞ!
巫女服を着た九尾とか、想像しただけでビジュ良すぎる こういう和風で神秘的な雰囲気大好き
ゆうきくんがただ可哀想;; そんでこんさん好きぃ;;