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私が実家前の朝日公園に着くとそこには北野先生が居た。私が彼に声をかける。
「先生!来てくれたんですね!ありがとうございます!」
彼はこう返す。
「そりゃあまぁ、学校にバラされちゃったら僕も困るからね。この副業稼ぎ少ないし。急いでいるのだろう?早くいこうか。君のためにも。」
外から見た実家はいつも通りだ。でもきっとこの中に悪霊がいる。私は意を決して玄関のドアを開いた。
ドアを開いたとたん一瞬時空が歪んだかのような気がした。悪霊のせいだろうか。だがこんなことを気にしている場合ではない。
私は走るようにこう言いながら電気のついてないリビングへ繋がるドアを開ける。
「大丈夫?!お母さん!アキ!」
私がリビングに入った途端、部屋の電気がつき、クラッカーの音が鳴り響いた。
「ハッピーバースデー!麗奈!」
私は何が起こったかも分からずにその場に座り込んだ。リビングのテーブルには母の手料理が並びその周りには父とアキの姿もある。きょとんとしている私に母は語りかける。
「あなた勉強に必死すぎて自分の誕生日も忘れてたんでしょ。だからサプライズにしようと思って。お母さん頑張っちゃった!」
私の誕生日今日だっけ。とりあえず母が無事でよかった。でもお父さんは?病院にいるはずじゃ。母がこう続ける。
「お父さんも病状が安定してね。まだ完治ではないんだけど。」
父がこう続ける。
「お母さんや麗奈が頑張っているのに病院で寝ているだけは申し訳ないからな。自宅療法に変えたんだよ。」
そうだったのか。そしてもう一つ。アキが部屋からでてきている。アキのことを見つめているとアキも口を開いた。
「みんな頑張っているのに僕だけ部屋にこもっているわけにはいかないよ。これからできることを見つけていこうと思ったんだ。」
続けてアキがこう続ける。
「驚かしてごめんね。姉さん。サプライズだからあんなこと言っちゃったんだ。こうすれば姉さん急いで戻ってきてくれると思って。」
その話を聞いた途端、私は泣き崩れてしまった。
この家に悪霊なんていなかった。この家には幸せが溢れている。
泣いている私を見て母がこう言う。
「ごめんねー麗奈。ちょっとやりすぎちゃったかも。でも今日はめでたい日なんだし、早くみんなで祝いましょ。麗奈私の料理食べるのも久しぶりでしょう?」
言われてみれば確かにそうだ。大学に入ってアパート暮らしを始めてから私はほとんど実家に帰ってなかった。帰ったとしても一瞬、必要なものを取りに帰るくらい。久しぶりに母の手料理が食べれる。私は席に着こうとした。
しかし私の席の前にあるお茶碗にはご飯が入ってない。私が不思議そうにしていると母がこう言った。
「麗奈大喰らいだから、いつもご飯は自分で入れるんじゃない。」
確かにそうだった。私は炊飯器を開けようとした。
炊飯器は開いていた。中には蛆虫が這っている。放心状態の私の周りから色が消えていく。
テーブルを見ると、母も父もアキも、母の手料理も消えていた。
その代わりにテーブルの前には北野先生が悲しそうな表情をして立っている。
思い出したくない現実が私の頭に蘇ってこようとする。だが、私はそれを受け入れきれずに震える声で北野先生に問いかける。
「あの、これら全て悪霊の仕業ですよね。」
北野先生がこう返す。
「いや。この家に悪霊なんていないよ。それとあなたに言わないといけないことがある。」
お願い。それ以上は言わないで。
だが、北野先生はこう続けた。
「あなたは車に轢かれて死んだんだ。僕に電話をかけてくれたあの日、朝日公園の前で。」
その言葉を聞いて私の中に鮮明に記憶が甦ってくる。私はあの日急いでいた。周りが見え無くなるほど。そして朝日公園に入ろうと道を飛び出したとき、車に轢かれて。
みるみる私の体が透けていく。私は最後に北野先生に語りかける。
「あぁ、悪霊は私だった。死んでも尚この家と先生に取り憑いて。こんなことになるならずっと実家で暮らしとけばよかった。そうすればずっとお母さんの手料理を食べれ
堀内麗奈の霊が消えた。僕は北野昌幸。結局、彼女が僕に電話をかけてくれたあの日、僕は自分の予定を優先し朝日公園には行かなかった。
後日彼女の死をニュースで知り、僕は罪悪感に蝕められることとなった。僕があの日、朝日公園に行けば何か変わったのではないかと。電話越しにでも彼女をもう少し落ち着かせることもできたはずだ。
そしてこの件を放っておくことはできなかったので僕は彼女について調べ、彼女の母、美恵さんと連絡を取ることができた。
美恵さんから聞いた話はこうである。麗奈さんが事故に遭った前日、美恵さんはパート先で倒れてしまった。麗奈さんと連絡が取れなかったのはこのためである。
そして次の日、麗奈さんが家の前で轢かれた。部屋に引きこもっていた昭乃くんにも事故の音が聞こえたらしく、部屋の窓から血だらけで倒れている麗奈さんが見えたそうだ。
そして昭乃くんはパニックを起こし、持っていたライターで部屋に火をつけ、家は火事になった。
幸い昭乃くんは救助されたが、家は昭乃くんの部屋があった二階部分が全焼、あの日のまま、麗奈さん達の家は放置されている。
癌で闘病中だった父、幸定さんは麗奈さんの死のショックもあったのか癌の症状が悪化し、麗奈さんの死から一ヶ月後に病死したそうだ。
今日は美恵さんとカフェで会う約束をしている。定期的に辛い状況であろう美恵さんの話を聞くことにしているのだ。麗奈さんが戻ってくることはないが、これが僕にできる最低限の罪滅ぼしの一つ目だ。
なんだか美恵さんの顔がこれまでより明るく感じた。席につくなり彼女が口を開く。
「昭乃が就職するって言ってくれたのです。これ以上お母さんを悲しませたくないって。」
そうか。それは良いことだ。皮肉にも父と姉の死が彼を動かす動力になったのだろう。僕は美恵さんにこう言った。
「よかったです。きっと幸定さんと麗奈さんも喜んでいると思いますよ。もう少し早く頑張れよ!って。」
僕がこう言うと美恵さんは少し笑ってみせてくれた。
カフェでの話が終わり、会計を済ませて別れ際、美恵さんが僕にこう言った。
「昌幸さんって霊が見えるのですよね。麗奈と会うことはできないのでしょうか。」
僕は彼女の問いかけにこう返す。
「麗奈さんの霊に会ったことはこれまでありません。きっと成仏したのだろうと思います。」
彼女は「そう、なら良かった」と笑顔で、どこか寂しそうに言った。
今、燃えてしまった麗奈さんの実家に”悪霊は”取り憑いていない。
結局、麗奈さん達の家に悪霊がついていたのかは、僕にも分からない。
麗奈さん達一家に降り注がれてしまった不幸は本当に悪霊によるものだったのか。昭乃くんが麗奈さんに対して電話で言っていたことは、極限状態に追い込まれた昭乃くんが見た幻覚だったのか。それとも…
今僕は朝日公園にいる。僕は美恵さんに嘘をついた。
僕には霊が見えるという能力ともう一つ能力がある。
霊に対して霊が望む幸せな「夢」を見せることができるというものだ。
これまでこの能力を使いたくさんの霊を成仏させてきた。だが、今回はこれまで通りにはいかない。いくはずがない。
僕は麗奈さんが事故にあった9時45分、金曜日に必ず朝日公園に来ることにしている。
どんな予定があったとしても必ず。もうすぐだ。
「先生!来てくれたんですね!ありがとうございます!」
今日も麗奈さんの霊は朝日公園に駆け込んできた。これで23回目。これが僕の二つ目の罪滅ぼしだ。