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「いや、別に亜紀さんを批判するつもりはないんだよ。ごめん、気を悪くさせちゃったね。でも、これも男の一般論だと思って聞いてほしいんだ。……亜紀さんの最初の問いに繋がることだから」
今泉さんは宥めるように、柔らかな口調で言葉を添えた。
「あ……いえ。私こそムキになってしまい……すみません」
前髪を撫で下ろし、顔を赤らめる。
「男は女より単純なんだよ。女性が求める馴れ合いの安らぎや深みよりも、美しいものはいつまでも美しくあってほしい。惚れた女から、いつまでも刺激を与えてもらいたいんだよ。……それが我が儘だと分かっていてもね」
「……」
「よれよれの服でソファーに座り、雑誌片手にお菓子をポリポリ。結婚し、出産したことで自己管理の意識を失い、見事に崩れた体型で『私を女として見て』と自己主張されても、男にはキツイものがある。あ、もちろん亜紀さんがそうだとは言ってないよ。亜紀さんは夢を持ち、プライドを持ち、中身も容姿もとても美しい」
今泉さんは私をまじまじと見つめ、にっこりと笑った。
「女の安らぎを許してもらえないなんて……男性は厳しいですね」
照れ隠しに微苦笑する。
「安らぎに身を置くのと、女として本来あるべき恥じらいを捨てるのとは意味が違うよ。
……男も同じだ。結婚して『ヨレたオヤジ』に変わってしまったら、妻にとってはただの粗大ゴミだろ? 男も女も、いつまでも努力が必要なんだ」
「変わらない努力……ですか?」
「プライドを捨てない努力……だね」
今泉さんはうつむく私を見つめ、優しく微笑んだ。
「プライドを捨てない努力……ですか」
今泉さんの言った言葉をぽつりと呟き、苦笑いとともに視線を落とした。
……私は女としてのプライドを失ってしまったの?
遼に見向きもされなくなってしまったのは、私のせい?
私に女としての魅力がなくなってしまったから……
だから遼は……。
変わってしまったのは私?
それとも遼なの?
「悪いのは私なのかな……。私にとってのプライドって何なんでしょうか。自分が分からない……私、どうすれば良いのか分からないんです……」
必死に繋ぎ止めていた糸がぷつりと切れたかのように、テーブルへ視線を落としたまま、掠れた声が喉から漏れた。
「……亜紀さん?」
少しの沈黙の後、今泉さんが眉を寄せ、静かに声を掛けた。
「……今泉さんは、今でも奥さんを昔と変わらず愛していますか?」
私は顔を上げ、涙を必死に堪えた瞳を彼へ向けた。
「愛してる……か。結婚して二十年。恋愛していた頃と変わらずというのは無理だけど……人生を共に歩く大切なパートナーであることには変わりないよ。そう思うことが、結婚をした者の責任だと俺は思ってる」
今泉さんはそう言って、私を真っ直ぐに見つめ返した。
「人生を共に歩くパートナー……主人は私をそんなふうに思ってくれているんでしょうか……。私たち夫婦の、その……営みはもう一年以上ありません。結婚してまだ五年です。まだ五年なのに……」
「……」
「……最初の浮気を知ったのは二年前。そして今もまた、新しい相手がいると思います。
……なんとなく分かるんです。分かっているのに私は……駄目ですね。女としても妻としても、私は……失格です」
大きく息を吸った途端、我慢していた涙が頬を伝って零れ落ちた。
優しい木の香りを包み込み、静かに流れる琴の音色。
そのBGMには似つかわしくない重苦しい空気が漂う。
私はうつむき、急いで流れ落ちる涙を指で拭った。
「……亜紀さんは、ご主人を愛してる?」
今泉さんの柔らかな声が沈黙を破った。
はっとして顔を上げると、今泉さんは温かな微笑みを浮かべ、真っ直ぐに私を見つめていた。
「……今の私には分かりません」
彼の視線から目を逸らした。
「分からない? ご主人を愛しているかが?」
「いえ……私には”愛してる”が何なのか分かりません……。主人を失うのが怖い。だから言えない。受け入れたくないことには目を伏せる。自分の手で“今”を壊すのが怖いんです。
これは、彼への愛なのでしょうか? それとも、身を置く現実への執着なのでしょうか?
……間違ってることは分かってるんです。でも、何も変えられない……」
「……」
「浮気を繰り返しながら何食わぬ顔をして私と一緒にいるのは、それも愛なのでしょうか? 私には……人を愛するって何なのか分かりません。夫婦である意味すら分からないんです……」
テーブルの上で重ねた両手に、ぎゅっと力が入る。
コメント
1件
うわあ、今回のエピソード、すごく重くて心に刺さりました……。今泉さんの「プライドを捨てない努力」という言葉、一見すると厳しく聞こえるけど、お互いに努力し続けることが大事だっていうのは確かにそうだよなって思いました。でもその後に亜紀さんが「愛してるが何かわからない」って零すシーン、本当に苦しかったです。浮気されても離れる勇気が出ない、でも現状を変えられないもどかしさがひしひし伝わってきました。この夫婦、どうなっていくんだろう……続きが気になります。