テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
「……亜紀さんはきっとプライドが高いんだね。自分が崩れてしまうのが怖いんだ。内に秘めた、知らない自分を引き出してしまうのが怖いんだよ」
今泉さんは慰めるような微笑みを浮かべながらも、どこか悲しげな眼差しを私へ向けた。
「プライドが高いか。そうですね……そうなのかもしれません。結局は、惨めな自分を見たくないんです。嫉妬心や猜疑心で蝕まれていく自分を、見たくないんですよ」
心の奥深くを見透かすような彼の視線に耐えられず、はぐらかすように苦笑いを浮かべ、さりげなく彼から視線を外した。
「そのプライドは、自分の弱さを隠すため。可哀想に……怯えているんだね。
亜紀さんは真っ直ぐで、とても純粋なんだ。もっと自分に自信を持たなきゃ。秘めた魅力を引き出せるのは、自分自身なんだよ」
「秘めた魅力? そんな魅力が私にあるんでしょうか……。親友にも言われちゃいました。『亜紀は枯れかけてる』って……」
苦し紛れの笑みを浮かべ、いつの間にか置かれていたグラスの水で乾いた喉を潤す。
「枯れかけてる? なかなかキツイことを言う親友だね」
今泉さんは思わずくっと喉を鳴らした。
「そうなんですよ。ズバズバ斬り捌く女です。あっ、そうだ。彼女こそ女の狩人ですっ」
「女の狩人? 男を狩るの?」
「狩ります! すっごい美人で、遊び人だけど頭が良くて、誤解を受けやすいので同性には嫌われちゃったりしますけど。本当は、凄く優しい子なんですよ」
「へぇ~、それは面白い子だね。ぜひともお会いしてみたいよ」
声を弾ませる私を眺め、今泉さんはふっと柔らかな笑みを浮かべた。
「会いたいですか? いいですけど……」
麗香に会ったら……
今泉さんも麗香の色香に夢中になっちゃうのかな……。
複雑な思いで、ちらりと今泉さんの顔色を窺う。
「さっきの亜紀さんの言葉には、一つ誤りがあります!」
「え……?」
一瞬頭を過った複雑な思いを掻き消し、今泉さんの言葉に目を瞬かせた。
「さっき、『遊び人だけど頭が良くて』って言ったでしょ? 本当の遊び人は、頭が良くなきゃ出来ないんだよ。その親友を見ていれば、その理由が分かるはず」
今泉さんは意味深に笑う。
「はぁ……」
「それと、その親友の言葉にはもっと大きな誤りがあります!」
気の抜けた声を漏らす私の返事を待たずに、今泉さんは調子良く言葉を続ける。
「亜紀さんが枯れかけてる? それは違うな。亜紀さんは枯れかけてなんていないよ」
「……」
「だって、まだ亜紀さんは蕾のままだ。汚れを知らない、真っ白で純朴な蕾。
亜紀さんがご主人に対抗するには、真っ白なままじゃ駄目だ。その蕾には色が必要だね」
「……あの……どういう意味ですか?」
眉を寄せ、瞬きをしながら首を傾げる。
「亜紀さんが変わる切っ掛け、それを僕に手伝わせて」
「えっ……あの……?」
「ではとりあえず……蛍でも見に行こうか」
「えっ……蛍? 蛍って、あの……」
「蛍は蛍でしょ? 雨上がりの夜空に光を放ち、舞い上がる蛍だよ」
今泉さんはきょとんとした顔の私を見て微笑み、上着を取り立ち上がった。
「蛍を見に行くと言っても、一体どこに蛍なんて……」
「いいからついて来て。亜紀さんに見せたいんだ。俺の癒しの空間。俺だけの秘密の場所を」
今泉さんは首を傾げる私に笑みを向け、女将さんへ会計の合図を送った。
「今泉さんだけの秘密の場所……」
私は小さく呟き、今泉さんの後を追うように席を立った。
店を出ると、雨上がりの湿った空気が肌に触れた。
薄い雲で霞が掛かった月が、私たちを見下ろす。
遠慮がちに微かな光を放つ月を見つめ、酔い覚ましのために小さく深呼吸をした。
「月の光がない夜。湿気が多く、静かな夜風……蛍鑑賞にはもってこいの条件が揃ってる」
私の肩越しで、今泉さんが囁く。
私は振り返り、彼を見上げた。
「……でも、星空が見えない場所には蛍はいません。こんな人工照明で飾られた場所では生きていられない。空気と水の澄んだ環境じゃないと……」
私は目を細めて口をつぐんだ。
今泉さんは私を見つめ、ふっと柔らかな笑みを浮かべた。
「さすが亜紀さん。亜紀さんの生まれた町では、今でも蛍は見える?」
「えっと……どうかな。子供の頃はよく兄と懐中電灯を点滅させながら、近くの湖で眺めていましたが」
「へぇ、亜紀さんの実家の近くには湖があるんだ。懐中電灯の明かりを点滅させて蛍集めか……俺も子供の頃によくやったよ。蛍の大切なプロポーズの邪魔をしているとは知らずにね」
今泉さんは苦笑いを浮かべ、駅前の大通りへ向かって歩き出した。
蛍には、ほかの蛍と歩調を合わせて光る習性がある。
光は蛍のプロポーズ。
一週間ほどの命しかない蛍にとって、人間が明かりを点滅させるのは、大切な雄と雌の出会い……子孫を残す機会を邪魔しているのと同じことだ。
「私も……子供の頃は知らずにやってました」
今泉さんのゆっくりとした足取りに視線を落とし、小さく息を吐いた。
駅前の交差点を渡ると、今泉さんは改札口ではなくロータリーへ足を向けた。
……あれ?
電車じゃなくて?
私は彼の横顔へ視線を上げる。
駅前には多くの人が行き交い、ロータリーには、自家用車と共に客待ちをする数台のタクシーが並んでいた。
「タクシーで行こう。ここから三十分ほどで着くから」
そのままの歩調で、今泉さんはタクシー乗り場へ歩みを進める。
タクシーで三十分ほどのところに蛍が?
この名古屋近辺にそんな場所あったかな……。
「はい……」
首を傾げる代わりに、消え入りそうな返事を漏らす。
今泉さんは私の表情をちらりと見ると、くすっと何やら含んだ笑みを浮かべた。
えっ?
……もしかして、反応を楽しんでる?
「……何ですか?」
私はわざと澄ました表情を見せる。
「ん? いや別に。ただ……亜紀さんの頭の中を巡る声が聞こえたから。亜紀さんは見てると実に面白い!」
今泉さんはにやにやと悪戯っぽく笑う。
「見てると面白い!?……何ですか、それ。……今泉さん、段々キャラが変わって来ましたよ」
私は眉を寄せ、頬を膨らませた。
「キャラが変わって来た? それ、いいねぇ。人はギャップに魅力を感じるもの。だからもっと知りたくなる。裸にしたくなる。
俺は亜紀さんに、その魅力を感じるよ」
「裸……!?……あの、心のことですよね?」
「もちろん! 両方だよ」
「えぇっ!? あの……私にギャップなんてあるんでしょうか。……つまらない女ですけど」
本気なのか冗談なのか……。
今泉さんの大胆な発言に、どう反応して良いのか分からない。
頭の中で処理し切れないまま、浮かんだ言葉がそのまま口から飛び出した。
「つまらない女?……亜紀さんが? こんなに可能性を秘めてる女性は、そうもいないと思うけど」
今泉さんはふっと静かな笑みを浮かべる。
「可能性?……何の可能性ですか?」
「だから、両方」
……ん?
意味が分かんないんですけど……。
コメント
1件
第36話、読み終えました。今泉さんの「蕾には色が必要だ」という言葉と、それが蛍というモチーフに繋がっていく流れがとても印象的でした。「枯れかけてる」と言われた亜紀さんに「まだ蕾だ」と返す優しさと、同時に変化を促す強さが今泉さんのキャラに厚みを出していますね。そして「両方だよ」という含みのある台詞には思わずドキッとしましたし、それに戸惑う亜紀さんの反応も自然で共感できます。雨上がりの月や湿った空気の描写も効果的で、この先の秘密の場所での展開がすごく気になります。続きが待ち遠しいです!
#狂愛
柏木さくら
829
西原衣都
866
#ロマンスファンタジー
Jasmine
724
瑠璃マリコ
10,376