テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
設楽理沙
1,530
次の日、馬車を降りたジョセフィーヌは目をウルウルさせギルフォードを見つめ身をクネクネさせた。「殿下、お迎えに来てくださるなんて……私感動でございますぅ♡」
王宮での舞踏会……それがこんな直近であるなんて。
(昨日の訪問も……私の様子を見に来たのでは?体調が悪ければ来られないから。ああ、体調が悪いと言えばよかった……!殿下も体調のよい私にさぞかしガッカリしたのでは?)
—————————
「すごく楽しみにしていたでしょ?せっかくだから行ってみてはどう?」
「そうだぞ?ジョセ?ドレスも新調してウッキウキだったぞ?記憶が戻ったら行かなかったのを後悔するかも知れんぞ?チュッチュ」
—————————
当日も出発を渋ったジョセフィーヌは両親に背中を押されてここにいるわけだが……
目の前の婚約者は心底不愉快そうに腕を組み、そっぽを向いている。
「……通りがかっただけだ」
「それでしたら尚更……殿下に偶然お会いできるなんて、私とても幸せでございます♡」
ギルフォードはジョセフィーヌが首を傾げると、ぐ……っとくぐもった声を出し顔を歪ませた。
「…………」
「あ、お待ちくださいまし〜」
ジョセフィーヌはくるりと背を向けるギルフォードの後を慌てて追いかけた。
ギルフォードの態度に小説の描写と反するものはほぼない。彼はとことんジョセフィーヌに冷たく当たった。
「ジョセフィーヌ様、相変わらず殿下に冷たくされているわね」
「でも何かしら……ジョセフィーヌ様いつもと様子が違わない?」
ヒソヒソと囁かれる陰口にジョセフィーヌは(当たり前でしょ?殿下はアイリス様とご結婚されるんだから……私に優しくするわけないじゃない)と内心思う。
そしてこうして周りに認識されることは決して悪くない、とジョセフィーヌは感じていた。
(以前と違い献身的な私を多くの人に認知してもらいたいわ!)
「殿下?何か飲まれますか?私お飲み物を取りに行きます」
「いや……いい」
「左様でございますか……」
ジョセフィーヌはそわそわする心を落ち着かせようとコッソリ深呼吸をする。(……私は喉が渇いてしまったわ。でも……私一人だけ飲み物を飲んでいたら周りの印象が悪いわよね)
ジョセフィーヌが喉の渇きを誤魔化すように辺りをぼんやりと見渡していると————一人の女性が目に飛び込んできた。
(アイリス様……?)
茶色い髪を美しく結わえて、可愛らしく辺りに笑顔を振りまく女性——表紙に描かれていた女性にそっくりだ。
小柄な彼女は人の波に時折隠れてしまってはいるが、こちらに向かって歩いてきているような気がする。それは作為的なものか、はたまた運命的なものかわからないけれど。
(でもアイリス様がこちらに来てくだされば……私はここを離れて飲み物が飲めるわ……!来い!いでよアイリス様!)
ジョセフィーヌの願いが叶ったのか、アイリスはジョセフィーヌの前を通過するとギルフォードの前で躓きひざをついた。
「キャッ……」
ジョセフィーヌは思わず「大丈夫ですか?」とかけそうになった言葉を飲み込む。(邪魔をしてはいけないわ……!)
「いたた……」
「…………」
ギルフォードは目の前のアイリスにちらりと目をやるとゆっくり腕を組み——————————目を閉じた。
(殿下!?…………は!)
ジョセフィーヌは一瞬ギルフォードの行動に戸惑ったけれど、それもまた自分のせいに違いない。と拳を握る。
小説の中でギルフォードがケガをしたアイリスを介抱したところ、ジョセフィーヌが激昂する描写があるのだ。
(私がここにいるせいで……殿下は愛しい人のピンチにただただ目を閉じるしかないのだわ!生まれてきてごめんなさい!でも私、死にたくないのです!)
ジョセフィーヌは今までの自分を呪いながら——コホコホと空咳をして「すみません、咳が止まらずお見苦しい……私、外の空気を吸って参ります」とその場から去った。
(邪魔をしすぎてはいけないわ……!私はあくまでも二人の恋愛のスパイスでいなければ!燃え上がるためのね!)
————————
「美味しいです〜♡」
ジョセフィーヌは一人フードコーナーでゴクゴクと心ゆくまで飲み物を飲んでいた。
大きな器に入ったドリンクはフルーツがたくさん浮いていてかわいくて美味しい。二杯目をいただこうとした時、男性が声を掛けてきた。
「ジョセフィーヌ嬢」
「はぁい?」
ジョセフィーヌはにこやかに振り返り、顔を青ざめさせる。そう言えば……元々の交友関係が思い出せていない。
挨拶回りも王と王妃にしたのみで、実際に目の前にいるこの男性がどんな身分でどんな人物なのか……?
「ははは?随分と様子が違うな?」
「お恥ずかしいことに私、今までの自分を反省いたしまして。生まれ変わることにいたしました」
「なるほどね」
金色の髪をふわりとさせて、真ん中から分けている長身で甘いマスクの男性……彼は顎に手を当てながらジョセフィーヌに微笑む。着ている服もかなり良質そうだ……
「新しい私は貴方様をなんとお呼びすれば良いでしょう?」
ジョセフィーヌはクスクス笑いながら尋ねた……が内心心臓バクバクだった。
自分の想像している身分だったらどうしよう。
(どうか……どうか私めにヒントを!)
「ふふ、ではジョセフィーヌ嬢の理想の男性にでもなるか」
「え?左様でございますか?」
(そんなことしなくていいから……!早く教えて欲しい!……もう!)
ジョセフィーヌは考える。
公爵令嬢の自分に対してあのように気さくに話しかけてくる人物は……そうそう多くはないだろう。
(同じ公爵家か王族……もしくはかなり古い特別な仲の人物だわ。でも彼は男性……私にそんな親しい男性の友人がいるのかしら?)
「どんな男が好き?」
「優しくて……温かい人がいいですね。自分と同じか、それ以上の身分の方がいいかもしれません」
ジョセフィーヌは色々な想定をして、若干相手に忖度した解答をした。本当は身分なんて貴族であれば構わない。
「なるほどね……じゃあ私は今から公爵家の嫡男として今日のパーティーを楽しむかな。ディードと呼んでくれる?」
男性はそう言うと戯けたようにジョセフィーヌに手を差し伸べた。ジョセフィーヌはその手をとりながら(危ないわ……彼は恐らく王族。王太子殿下ね)と肝を冷やす。
「ほほほ、ディード様ですか?」
「ディードリッヒだからね。あだ名の方が親しみやすいだろう?」
「そのようなお心遣い、ありがたき幸せでございます」
「私は今公爵家だぞ?もっと砕けた様子で頼むよ」
ディードリッヒはニッコリと笑いながらジョセフィーヌをダンスに誘う。
「あ、大変申し訳ございません……昨夜足を痛めてしまいまして」(ダンス……身体が覚えていなければ殿下に嫌な想いをさせてしまうわ。私って果たしてダンスを踊ることができるの?)
「ギルフォードに禊を立ててるのかい?」
ディードリッヒはにこやかに笑いながらジョセフィーヌの顔を覗き込む。
「ギルフォード様?あ、殿下に……はい、まあ……一応。そうです」
ジョセフィーヌはハッとした様子でそう訂正した。確かに自分は婚約者がいるのだから、それに今は婚約者に尽くすジョセフィーヌを演じたいのだ。尚更その理由が正当かもしれない。
「なるほどね」
「お恥ずかしくて申し上げられず……嘘をつくような形になりすみません」
「いいよ、今私は公爵令息だからね」
ジョセフィーヌはにこやかなディードリッヒの顔を眺めながら(王太子殿下の状態ではどうなる予定だったの?)と胃がキュッとなる。
「おっと……ちょっとあちら側を見ない方がいいかもね?」
ディードリッヒがマントでジョセフィーヌの視界を隠す。
その隙間から会場を早足で歩くギルフォードが見えた。
その後ろをチョコチョコと可愛らしい様子でアイリスが追いかけている。二人は何やら話しているようで、アイリスが機嫌のよい様子でにこやかにギルフォードを見上げて口を動かしていた。
(誰だって……自分で自分の機嫌をとれる、いつでもニコニコしている女性を好きになるわ)
ジョセフィーヌは二人の様子を盗み見ながらそう思う。
以前の自分は……小説によると少しでも気に食わないと周囲に当たり散らし、口汚く罵るような令嬢だったようだ。
しかし——それを謝罪して回る気持ちも、今のジョセフィーヌにはない。
(謝ったらお相手は形だけでも私を赦さなければならない。それは二重の苦しみを生むわ……被害者の方にそんな想いをさせるなんて。今までやってきた悪業の謝罪など……私の自己満足でしかないわ。しかも覚えていないのに)
ジョセフィーヌは手に持ったグラスに口をつけると、静かに目を閉じた。甘くてとても美味しい。
(私が二人を見てショックを受けると思ったのかしら……)
ジョセフィーヌはちらりとディードリッヒの様子を伺う。
「ん?なんだい?」
ディードリッヒは視線に気付いたのかニッコリと彼女に微笑みかけた。
ジョセフィーヌはにこやかに「殿下はお優しいくてらっしゃいます」と告げる。
「ディードだろ?ジョセフィーヌ。それに私はね……」
ディードリッヒは身をかがめるとジョセフィーヌの耳元に口を寄せた。
「全然優しくなんかないよ」
その囁きにジョセフィーヌはなんだか背筋にぞくぞくと何かが這い上がる気がして、思わずディードリッヒの顔を見た。
「で……」
「ディード?」
「ディ……ディード……ディード様」
「ふふふ……偉いなぁジョセフィーヌ嬢は。どう?踊るのが無理なら庭に行かないかい?うちの庭は夜でも明るいから平気だよ?足は痛くないんだろ?」
ジョセフィーヌはディードリッヒの視線から目を逸らせないでいた。(何かしら……この男性、第一王子の描写はあの小説にはなかった。一体どんな人物なの?)
いや、ちらりとあったかもしれない。
目立たない——一文程度。
第一王子の兄は優しく聡明で————
それはそうだ。あの小説の主役はアイリスとギルフォード、そして当て馬のジョセフィーヌ。
「……す、少しだけなら。で……ディード様をひとり占めすると周りから反感を買いますから」
ジョセフィーヌがそう言うとディードリッヒはにこやかに微笑んだ。
「そんなこと……気にしなくていいんだよ。ジョセフィーヌ嬢は」
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!