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設楽理沙
1,530
「気を付けて、少しそこは足場が悪い」ディードリッヒがジョセフィーヌに手を差し伸べてくる。ジョセフィーヌは少し迷ったけれど、彼の紳士的行動を受け入れた。
(……ただのエスコートよ。特に周りからの印象は悪くならないはず)
「本当に明るいのですね」
「昼間の太陽光をここに集めているからね」
ディードリッヒがにこやかにそう言う。
「ジョセフィーヌ嬢が来た時より随分変わっただろう?」
「…………はい。そうですね」
(ああ……私ここに来たことがあるのだわ。それはそうよね。私は公爵令嬢で第二王子の婚約者だもの。王宮に来たことがあってもおかしくないわ)
「……おや、奇遇だね」
ジョセフィーヌが困惑を隠すために俯いているとディードリッヒがキョトンとした様子で声を上げた。
ジョセフィーヌが慌てて顔を上げるとそこにはアイリスとギルフォードが腕を組みながら立っている。
(ああ……会ってしまった……)
この最悪な状況。
お互いにいいことがないような……
「兄様……なぜここに?」
「庭を散策しているんだが?美女と一緒にね」
ディードリッヒはジョセフィーヌの肩を抱き寄せる。
(んん?)
「…………」
「お前だってそうだろう?」
ディードリッヒはにこやかにそう言うと、アイリスを手で優雅に指し示した。
「……こ、これは」
ギルフォードが慌てたようにアイリスの腕を振り払う。アイリスはショックを受けたのか目を丸くしてギルフォードを見上げた。
それを見て——ジョセフィーヌは目からポロポロと涙をこぼす。今のジョセフィーヌではない。過去のジョセフィーヌが泣いたのだ。
(嫌だ……止まらない)
ジョセフィーヌは見苦しくポロポロと止まらない涙を誰にも見えないように手で覆い隠すと「す……すみません。目にゴミが……お見苦しく、失礼いたします」とその場を早足で去る。
(好きだったのね……いいえ、愛していたのかしら?)
処刑される程の悪役も婚約者のことを心から愛していたのだろうか。いや、彼女のことだからプライドが傷つき悔しくて泣いたのかもしれない。
しかしそれはもう今のジョセフィーヌにはわからないことだ。
(可哀想にね。いくら性が悪くてみんなの嫌われ者だとしても……傷つくこともあるわ。みんなに嫌われて笑われているあなたを、私だけは抱きしめてあげる)
ジョセフィーヌは人気のないところまで来ると足をゆっくりと止める。
自分のことなど誰も追いかけて来ない。
嫌われ者だからだ。
でもそれが今は好都合であった。
ジョセフィーヌは庭の隅にある物置小屋の窓の前に立つとそれを鏡代わりに身なりを整える。化粧が崩れてしまった。
(せっかくキレイにしてくれたのに……)
いくら見せかけを整えてもジョセフィーヌは悪役令嬢だ。みんなから笑われ馬鹿にされ、婚約者は自分を嫌悪している。
それなのに嬉々として今日に向けて準備をしていたなんて……自分の知らないジョセフィーヌは随分と肝の座った人物だ。それともかなりの鈍感力を発揮していたのかも。
(汗をかいてしまったわ……)
ジョセフィーヌはなんだかジョセフィーヌが哀れになって涙が出そうになった。それを誤魔化すようにハンカチを出し、額の汗を拭う。
「……こ、ここにいたか」
突然掛けられた声にジョセフィーヌは肩をビクつかせた。窓ガラスには自分の背後にゼーゼーと肩で息をするギルフォードが映っていた。
「で……殿下……」
ジョセフィーヌは不意打ちギルフォードに動揺し、言葉を詰まらせる。まさか追いかけてくるとは思わなかったのだ。
(ど……どうしよう!かなり怒ってらっしゃるのでは!?だってわざわざ走って追いかけて来てるのですから!)
ジョセフィーヌはこの後自分に降り注ぐであろう不幸を思い、倒れそうになる。
第二王子であるギルフォードはアイリスにはとても甘く優しい。しかしそれは想い人だからだ。嫌悪の対象であるジョセフィーヌに対してはどうなんだろうか?
そんな描写はとくに小説ではなかった。だからわからない……率直に暴力を振るわれる可能性がある。
ジョセフィーヌはギルフォードのガッチリとした体型と太い腕に——ゴクリと喉を鳴らした。
(死————?)
「目……目にゴミが入ったと言っていたな……本当か?」
ゼーゼーと肩で息をしながらギルフォードがジョセフィーヌの顔に手を伸ばす。ジョセフィーヌは思わず身を引いた。(こ……怖い!嘘がバレたらどうなるの?め……目潰し?目潰しね!?)
「あの……大丈夫、大丈夫です。どうやら先ほど取れたようでして……おほほ」
ジョセフィーヌはニコニコ笑いながらさり気なくギルフォードから距離を取る。とにかくひと気のある所に出たい……
「……私……も、もう会場に戻る所でございました」
「…………」
「殿下もそろそろお戻りのご予定ですか?もし良ければご一緒に?うふふ♡」
「……いや……」
「あら……すみません。では私先に戻りますね♡どうぞごゆっくり」
ジョセフィーヌはそそくさとその場を去ろうとニコニコ笑う。そしてそっと会場に向かう為に後退した。なんだか背中を見せてはいけない気がするのだ。
(ゆっくり……ゆっくり後退するのよ。必要ならば物を一つずつ落として……殿下が確認している間に距離を取りましょう)
ジョセフィーヌがじりじりと距離をとっていると、ギルフォードが彼女の手を引いた。その動作は素早くて気付くと彼の腕の中——
しかし全然甘い雰囲気はない。
なぜなら彼女が悲鳴を上げようと開いた口をガッチリと手のひらで塞がれたからだ。
どこかに引き込まれたのか、視界は真っ暗。
ジョセフィーヌはドコドコと妙な音を立てる自身の心拍を数えることで心を落ち着かせようと懸命に努力をした。どうやらかなり狭い空間に引き込まれたようで、ジョセフィーヌはギルフォードの上に座り込むような形で背後から拘束されている。
(な……何が起きているの?)
おまけにギルフォードは何やら武器を携帯しているようで、ジョセフィーヌの腰辺りには硬い棒のようなものが当たっていた。
(…………ここで?今ここで私死んでしまいますの?)
夜とはいえ、今は夏。
昼間の残りの熱がこの空間には充満していた。
ジョセフィーヌの恐ろしい想像に反したような南国のように陽気な蒸し暑さが、彼女の気分を更に良くない方向に向けていく。
「んぐぐ……」
「…………叫ばないか」
ジョセフィーヌが恐ろしさに耐えきれず、唸り声を上げるとギルフォードが顔を寄せてきた。ジョセフィーヌはその質問にコクコクと頭を振る。弁明のチャンスをくれるようだ——と。
口元から手が退けられた瞬間、ジョセフィーヌは命乞いを開始した。ジョセフィーヌはくるりと身を捩り、ギルフォードの胸に縋り付く。体格差があるせいか……この空間が狭いからか……二人は密着し、ギルフォードはジョセフィーヌの下に滑り込むような体勢になっている。
「殿下……私あなたのためならなんでもします。言う事もなんでも聞きます。だから……」(お願いします!命だけは……!)ジョセフィーヌは小さな声で、しかし熱を込めて言った。自分にあなたの邪魔をする気はないのだ——と。
「…………ぐ……な、なんでも……?」
「はい、なんでも」
(ダメだわ……全然私への殺意が薄れていない!)
ジョセフィーヌはそう思った。
なぜなら自分の股間に押し付けられている武器は、まだ引き下げられていないからだ。
ギルフォードもこの熱さのせいか、じっとりと汗をかき……その雫がポタリとジョセフィーヌに垂れる。
彼女自身も貼り付く髪を少しうっとおしく感じていた。
ギルフォードは体格がいいせいか、身じろぐのも一苦労だという様子でジョセフィーヌの額に張り付いた髪をそっと避けた。
初めて触れられたことにジョセフィーヌは思わず肩をビクつかせる。いや、もしかすると以前にはあるかもしれないが——今のジョセフィーヌには初めての身体接触だ。
ギルフォードの指先が額に触れた——たったそれだけのことにジョセフィーヌは背中をゾクゾクと震わせる。ジョセフィーヌの身体が悦んでいる。
目が勝手にうっとりとギルフォードを見つめてしまうのを……ジョセフィーヌの頭は止めることができないでいた。
ギルフォードがジョセフィーヌに手を伸ばす。
が、彼女の期待に反しその腕は彼女の背後にあるこの空間の入口を手で押すために伸ばされたものだったようだ。
「……クソ、開かん」
「え?」
ギルフォードはほぼ遊びのないこの空間の中で身を捩ると上着を脱いだ。彼の厚い胸板と、隆起した筋肉質な上半身が露わになる。
「熱中症になるぞ」
ギルフォードがポツリとそれだけ言う。ジョセフィーヌは彼が何を言わんとしているか察し、慌てて服を脱いだ。狭い空間で上手くことが運ばない。
ジョセフィーヌが背中側のホックを外すのに手こずっていると、ギルフォードがその背中に手を回した。プツ、プツとホックが外されて呼吸が楽になる。限られた空間で身を捩り……なんとかドレスを脱ぐ。
少し暗闇に慣れたのか、上部にフックがあるのが見えた。ギルフォードは腕を伸ばし、そこに放るように服を掛ける。
少し空間があいて、心なしか風通しが良くなったような気分になった。
二人の汗ばんだ肌が露出されたせいでヒヤリと冷やされていく。しかし服の面積分減ったとて……空間はさほど広くなるわけではない。
相変わらず二人は密着していたが、お互い半裸になったせいでよりその密着度は高まった。
ジョセフィーヌの股間の下にあるギルフォード所有の武器は肌から離すつもりはないようで……下着の中に収納されているようだ。
鞘に入っているのか、それとも棍棒的なものなのか……直ちにジョセフィーヌを傷つける様子はなかったけれど彼女は気が気ではない。
「あ……っ」
ジョセフィーヌが出来るだけギルフォードから身を離そうとしたところ、背中を壁面に当ててしまい思わず声が出た。
木のような素材で出来ているようで、木目のささくれがあるのか背中にチクチクと刺激を感じたのだ。ギルフォードはそっとジョセフィーヌの背中に手を回すと「……大丈夫か」と小さな声で言った。
蒸し暑さに汗がじっとりと湧き出てくる。
ギルフォードも同様に、手のひらにじっとりと汗をかいているのだが……ジョセフィーヌはそれに嫌悪を抱くことはなかった。
いつもと違い、むしろ守るように回された手に胸が締め付けられると同時に————子宮がきゅ……と縮まる。
ジョセフィーヌは下着に汗とは違う湿り気を感じて頰を染める。恐らくそれもこれもみな、自分ではないジョセフィーヌのせいに違いない。
「……大丈夫でございます……」
彼女は俯いて静かにそう言った。
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お疲れさまです、mokumokuさん!第3話、一気に読んじゃいました……。 もう、狭い物置に閉じ込められる展開、ドキドキが止まらなかったです!「股間の武器」って表現で一瞬「えっ?」ってなったんですけど、あれ普通に持ってた棒状のものなんですよね?(笑)だとしたら私の邪な想像、すみません…。 でも、汗ばんだ肌やホックを外す仕草、ギルフォードが「大丈夫か」って背中を守るように手を回す場面——あの距離感の描き方がすごく繊細で、心臓がきゅってなりました。ジョセフィーヌの身体が勝手に悦んでしまう感覚、わかる気がします。 続き、すごく気になります……!