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設楽理沙
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僕は今、隣町にあるスーパーの店舗前にいる。トレンチコートにマスク、サングラスといった、ちょっと怪しくて、かつ正体不明な風貌で。
どうしてこんな格好をしてこんな所にいるのかというと、昨夜、小出さんから着信があったのだ。
最近はちょこちょこ通話するようになったんだけど、しかし、その通話内容がまたまた驚く報告なのであった。
以下、僕の回想──。
『──園川くん、あのね……実は私、あ、明日デビューします!』
それを聞いて、僕はついに小出さんがアイドルデビューを果たすことになったのかと勘違いしそうになってしまった。
だって、小出さんってアイドルになったりしたら人気出そうだもん。可愛いし、色んな意味で個性的だし、サブカル大好き人間だし、真面目な上に誠実だから握手会頑張りそうだし。
しかし違った、アイドルではなかった。だけど、そのデビューはある意味、僕をそれ以上に驚かせるものだったのだ。
『私……アルバイトデビューするの!』
な、何だってーー!!? と、心の中心で驚きを叫ぶみたいな気持ちになってしまった。
小出さんが、アルバイト。それって、つまりは人前に出るのが苦手な小出さんが働くということだ。
驚天動地だ。いや、よくよく考えたらアイドルはそれ以上の難易度なんだけど。
だって、小出さんは人の視線すら気になってあわあわしてしまうシャイガール。そんな彼女の働く姿が想像できない。
これは気になる。
そして、ちょっと心配である。
『冬休みだからアルバイトに挑戦しようと思って。一日だけなんだけど』
『そ、そうなんだ。ちなみに、どんなお仕事なの?』
『うんとね。近所のスーパーで試食販売の店員さんをアルバイトをすることになったの』
小出さんが試食販売……接客業じゃないか。だ、大丈夫かなー。
『お父さんにね、千佳も社会勉強をするべきだって言われて、それでね、私勇気出して応募したらね、受かったの!』
そう、嬉しそうに話してくれた小出さん。
社会勉強、たしかにその通りだ。それに、逆に苦手な接客業をこなすことで、小出さんの人見知りが治るかもしれない。
「小出さん、アルバイトは何時からなの?」
『朝の10時からだよ! 園川くん!』
──以上、僕の回想終わり。
そんなわけで、僕は陰から小出さんを応援するべく、変装してスーパーまでやってきたのだ。決してストーカーなどではない。
とりあえず店内に入る僕。試食販売ということは、たぶん奥の食料品売り場の辺りだろう。僕はキョロキョロと店内を見回しながら、小出さんにバレないよう彼女を探した。
すると──
「イ、イ、イ、イラッシャイマセー!」
小出さんの声だ。一発で分かる僕もすごいと思った。可愛らしい小出さんボイスを、この僕は聞き逃さない。
でも、声から察するに、小出さんは相当緊張しているみたいだ。だってロボットみたいにガッチガチなんだもん。
なので、僕は抜き足差し足忍び足で陳列棚に身を隠しながら近付き、声のする方を見やった。
すると、そこには真っ白なエプロンに三角巾をつけた小出さんの姿があった。なんか小学校の家庭科の調理実習みたい。そんなことを言ったら頬っぺたをぷくりと膨らましながら怒りそうだけど。
「イ、イ、イ、イラッシャイマセ! オイシイウインナー! イカガデスカ!」
すごいよ小出さん……! ガチガチだけど、あんなに大きな声を出してお客さんに一生懸命呼びかけている。
僕は小出さんの頑張る姿を見て、ちょっとうるうるしてしまった。今すぐヒシッと優しく抱きしめてあげたい。
「あら、美味しそうね」
「ハワッ!?」
小出さんが『ハワッ!?』って言った。小出さんの呼びかけに反応して、主婦らしきお客さんが興味を持ってくれた。
頑張れ小出さん。負けるな小出さん。今日のウインナーの売り上げは小出さんの手腕にかかっているのだ。
「ヨ、ヨカッタラ、ドウゾ……」
おお、小出さんが手をプルプル震わせながらも、なんとか試食用のウインナーを主婦さんに手渡した。そして主婦さんはウインナーを口に運ぶ……!
小出さんは、主婦さんの食べる様子をドキドキしながらジーっと見つめる。
「モグモグ……」
ジーッ……。
「モグモグ……」
ジーッ……。
「ゴックン」
ジーッ……。
「ごちそうさま」
コトリとお皿を置いて立ち去る主婦さん。
「ピャアーーッ……!!」
ショックのあまり、小出さんは「ピャアー」と言ってその場に崩れ落ちてしまった。
ああ、小出さん。可哀想に、せっかく勇気出したのに。でも小出さんが悪いんじゃないよ。きっとウインナーの魅力不足だったんだ。だから挫けないで、小出さん……。
しかし、すぐに小出さんはスクッと立ち上がった。目に涙を薄っすら浮かべながら。
そして──
「ウ、ウインナー、イカガデスカー? ウインナー、イカガデスカー?」
諦めず、また声を出し始めたのである。
全僕が泣いた。こんなに頑張っている小出さんを見て、泣かずにいられるわけがない。ウインナー売りの少女。映画化すれば大ヒット間違いなしの感動ドキュメントだ。
──小出さんは、それからも諦めず、そして次々に試食を配っていった。そのまま立ち去るお客さんにも挫けず、己を奮い立たせ、何度も何度も声を出した。
小出さん、なんて頑張り屋さんなんだ。もうバレてもいいから、小出さんのところに顔を出しに行こうかな。
そして、僕は言うのだ。
『ウインナー、売ってくれませんか?』
そんな感動的なシーンを想像しながら、僕は変装を解くためにサングラスに手をかけた。そのとき──
「ちょっとキミ」
僕の肩に誰かが手を置いた。振り向く僕。そこには、しかめっ面の警備員。
────!?
「キミ、何やってるの?」
「あわ……あわわわ……」
や、やってしまった……。
確かに、今の僕はどう見ても不審者である。
ジロリと睨む警備員。
「ちょっと、一緒に事務所まで──」
「ご、ごめんなさいー!!」
僕は走った。全速力で店内を走って逃げた。悪いことは別にしてないけど。でも、ストーカーっぽくはあるし怪しい格好だし、それに事務所に連れていかれるのはさすがに嫌だ。
僕は何とか店内に逃げ出すことに成功した。それからハアハアと荒れる呼吸を整える。危なかった……もう少しで僕はあらぬ疑いをかけられてしまうところだった。
だけど、小出さんが頑張る姿を見ることができて本当によかった。
本当に偉いよ、小出さん──。
* * *
その日の夜──
『そ、園川くん、私今日頑張ったんだよ!』
その日の夜、小出さんが僕に通話をしてくれた。彼女の声はとても生き生きとして、そして、とても誇らしげな感じが通話越しでも伝わってきた。
「お疲れ様、小出さん。本当に頑張ったね」
『ありがとう、園川くん! あのね、初めてお給料もらったよ! 六千円も!』
「すごいね小出さん、お金持ち。ウィンナー売るのって、すごく難しそうだよね」
『ふえ? あれ? 園川くんに何売ったかなんか話したっけ? あれ? え?』
小出さんは、成長している。いつもおどおど、あわあわしていた小出さんが、どんどん大きくなっていく。
大人になるって、こういうことなんだな。僕も、小出さんに負けないように頑張らなきゃいけない。そして、彼女に相応しいボーイフレンドにならなきゃいけない。
【続く】