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冬桜彩雪
黒猫ている
僕は今、隣町にあるディスカウントショップの店内にいる。僕が住んでいる地域にもその手のお店はあるにはあるんだけど、コチラの方が品揃えがいいのだ。
ここまでの道中、『新年、明けましておめでとうございます』などと書かれたポスターがあちらこちらで視界に入ってきた。それらを見るたびに、新しい年がやってきたことをより実感させられた。
(今年はどんな一年になるのかなあ)
そんなことを思う今時分である。
で、どうしてこのお店にやってきたのかと言うと、ダンベルを購入するためなのである。この貧弱な体を鍛えるために。
「こんな細い腕のままじゃなあー」
たぶんこれ、新年あるあるだと思うんだけど、心機一転、新しいことにチャレンジしてみたくなるのだ。少なくとも、僕はそんな感じ。
ちなみに一応。体を鍛えたい理由はちゃんとあったりする。端的に言えば、僕には男らしさが足りないからに他ならない。
このままでは、もしも小出さんが危ない目に遭ったとしても、もやしっ子のままでは助けることができない。それは恋人としてちょっと情けなさすぎるよなあ、と。
そんなわけでスポーツ用品が置いてある三階にやって来たのだけど──
「そ、園川くん……?」
僕の名前を呼ぶ声が聞こえたのである。
「あ、やっぱり! 偶然だね、こんな所で会うなんて。園川くんもお買い物?」
声が聞こえた方を見ると、僕のクラスメイトであり、お隣の席のクラスメイトであり、そして今や僕の恋人である小出さんの姿がそこにあった。
「こんにちは、小出さん。でも、まさかここで会うとは思っていなかった……あれ? その男の子は?」
小出さんの隣にいるのは、背の小さな短髪の男の子。とても整った顔立ちをした、なかなかのイケメンくんである。
「えとね、弟なの。千尋っていうの。中学一年生。ほら千尋、ちゃんとご挨拶して」
「あ、ども。初めまして、小出千尋です」
千尋くんは礼儀正しくお辞儀をして、丁寧に挨拶。中学一年生にしては少し背が小さいけど、でも、体はとても引き締まっている。これはたぶん、何かしらのスポーツをやってるな。
「初めまして。園川大地といいます。小出さんと仲良くさせてもらってて」
「へえー、そうなんですか。でもお姉ちゃん、友達いたんだ。ボッチだとずっと思ってたけど」
グサッ──と。小出さんの胸に何かが刺さり、ヨロヨロしてしまっている。この後、兄妹喧嘩にならなきゃいいんだけど。
一応、フォローを入れておいてあげようかな。
「ううん。千尋くん、安心して。小出さんにもちゃんとお友達はいるからさ」
嘘ではないよね? だってこの前までは僕と小出さんは友達同士だったわけだし。
「お、お姉ちゃんに友達!?」
す、すごく驚いてる……。目をまん丸にして、信じられないことを耳にしたような、そんな表情をしている。
それに、またまた何かがグサッと刺さったのか、小出さんは今にもその場に崩れ落ちる三秒前って感じだし。
うーん、どうしたものか。
「それとね。実は僕、お姉さんとお付き合いさせてもらってるんだ。ねえ、小出さん?」
顔を赤らめて照れ照れしながら、小出さんはコクリと頷いた。
それを聞いて、千尋くんは小出さんと僕を交互に見やった。そして、再度驚愕の表情。小出さん、大丈夫かな? 色んな意味で。
「え!? え!? 嘘ですよね!? お姉ちゃんと付き合ってるとか!? あ、分かりました! これ、ドッキリですよね!? どこかに隠れてビデオカメラで撮ってるんですよね! そうに決まってます!」
僕の言葉に、千尋くんは完全に動揺。いや、動転? 混乱? 店内をキョロキョロしてカメラを探し始めてるし。小出さんはついにガクリと足から崩れ落ちちゃったし。
千尋くんが抱いている小出さんの印象って、一体……。
「な、ないない。カメラないよ? 本当に、キミのお姉さんとお付き合いしてるんだ。小出さんは僕の恋人なんだよ」
「……え? でも、お姉ちゃん、オタクですよ? 彼氏なんかできるわけないじゃないですか?」
あーあ。崩れ落ちた小出さんの胸にグサグサと何本もの何かが刺さり続けてる。ど、どうしたものか。
「あ、あの……千尋……。もう、や、やめ、て……」
小出さん、ついに瀕死の状態に。
なんとか弟の千尋くんを止めようとしてるけど、しかし、ダメージを受けすぎちゃってほとんど声が出ていない。
「オタクでも、小出さん素敵な人だよ? それに、僕も影響されてオタクに足踏み入れてるし。いいんじゃないかな?」
「す、素敵!? お姉ちゃんが!? えっと……何を言ってるか分からないんですけど……」
千尋くん、完全にパニック状態に陥っちゃったよ。
そして小出さんは、最後の力を振り絞るが如く立ち上がり、千尋くんをフンッと無理やり引っ張って自分の後ろに隠してしまった。ヘロヘロ状態のままで。
「あ、あー……ごめんね、園川くん。えと……ち、千尋にはあとでちゃんと説明しておくから……」
「う、うん、僕は大丈夫だよ。ちなみに小出さんは、何買いに来たの?」
「えと、千尋のバスケットシューズを買いに。……園川くんは?」
「あー、うん。ちょっと体鍛えようと思ってね。ダンベルを見に来たんだ」
「え!? ダンベル!? すごいね園川くん! ムキムキになっちゃうんだ!」
ムキムキになれるか分からないけど、小出さんは目がやたらとキラキラしている。あれ? もしかして小出さんって筋肉好きだったのかな?
そんな疑問を抱いていると、千尋くんがトコトコと僕の眼前にやって来た。
そして──
「お兄さん? お姉ちゃんにも鍛えろって言ってやってくださいよ。こんなに贅肉ついてるんですよ、お腹。ほら、すごいすごい」
お姉ちゃんのお腹の肉をセーターの上から鷲掴みにして、プルプル震わせる千尋くんである。すると小出さんは顔を真っ赤にしながら、あわあわと慌てだしてしまった。
「ち、違うの園川くん! お、お正月でちょっと食べ過ぎて……や! 千尋! 駄目!」
「いや……お姉ちゃんヤバいでしょ。本読んでばっかで運動しないから。このままじゃ豚になるよ? どう思いますかお兄さん? 彼氏として?」
千尋くんも現実をようやく受け入れて、僕を彼氏として認識してくれたみたいだ。しかし……小出さんの贅肉について意見を聞かれても。
「う、うん。僕はお腹プヨプヨしてても、小出さん大好きだよ? 気にならないかな」
「ぷ、プヨプヨ────!!?」
僕の『プヨプヨ』という言葉に、小出さんは魂が抜けたような状態になってしまった。
「ほら、お姉ちゃん。プヨプヨしてるってよ。ちゃんと運動しないと」
「ち、違うの小出さん! ほんのちょっと! ちょーっとだけだから! お腹プヨプヨは! だけどそれも可愛いから! だから大丈夫だよ!」
「ほ、本当に……? 園川くん、プヨプヨしてても、き、嫌いにならない?」
あー、小出さん涙目になっちゃったよ。まるで仔牛みたいな目をしてる。
「ならないならない、全然オッケーだよ、プヨプヨ。あまり気にしないで」
「う、うん……ありがとうね、園川くん。ても、ちゃんと痩せます……はい……」
僕達がプヨプヨについて話していると、弟の千尋くんがちょっと嬉しそうな顔をして、僕達のやり取りを眺めていた。
「あ、あの、お兄さん」
千尋くんがかしこまって──
「こんなだらしないお姉ちゃんですが、これからもよろしくお願いします」
そう言って、頭を下げた。
やっぱり、小出さんの弟だな。お姉ちゃんのことを馬鹿にしてたわけじゃなくて、純粋に心配してたんだ。小出さんのことを。
優しい弟くんだ。
「こちらこそ。よろしくお願いします」
と、僕も頭を下げた。
が、しかし。
千尋くんは今度は『プヨン』と小出さんのお尻をジーンズの上から鷲掴み。
「お尻もプヨプヨだけど、お姉ちゃんをよろしくお願いします」
小出さんの口から、まるでエクトプラズムのように魂が抜けていくのが見えたような気がした。
【続く】
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