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夕暮れの相談室。蛍光灯の白い光だけが窓際に落ちていた。 扉が小さく軋んで、背の低い男子が一歩だけ中へ入った。
「……あの」
その声は、床に置いたカバンよりも小さかった。
遥は机越しに軽くうなずく。
「来てくれてありがとな。そこ、座っていい」
少年は視線を泳がせながら椅子に腰を下ろした。
膝の上で拳を握り、吐息を短く切る。
「みんなと同じが、しんどいです」
その言葉は空気に溶けるように静かだった。
「同じって?」
「学校。クラスのやつら、毎日同じ話。お笑いの動画とか、流行りの服とか。興味ないって言うと変に思われるから、笑ってるだけ。家でも、母さんが“友達と合わせなきゃ”って」
少年は一気に吐き出して、肩を落とした。
遥は机に両肘をつき、手を組んだ。
「笑ってるだけ、か」
「うん。心がない笑い。終わったあと、耳が鳴って。自分が空っぽみたいで」
窓の外、グラウンドを走る部活の掛け声が遠く響く。
「俺も、似た感じある」
遥は低く言った。
「何か好きなこと、ある?」
少年は考えこみ、かすかに目を上げる。
「……電車の写真撮るのが好き。古い駅舎とか」
「いいじゃん。俺、電車詳しくないけど、写真撮るの好きなのわかる」
遥の声がわずかに柔らかくなった。
少年は口を結んだまま、ほんの少し表情をゆるめる。
「けど、そんなの変だって……」
「変って誰が決めた?」
遥は言葉を切り、目を合わせた。
「みんなが同じものを好きじゃなきゃだめってルール、ほんとはない。合わせて笑うのは“がんばり”だけど、自分を消す義務じゃない」
少年は机の縁を見つめていたが、やがて深く息を吐いた。
「……少し楽になった」
「それなら、来た意味あったな」
遥は小さく笑った。
時計の針が静かに進む。
外の空は群青に変わり、窓の向こうのグラウンドから声が遠のいていった。
少年は立ち上がりながら、かすれた声で「ありがとう」とつぶやく。
遥はうなずくだけで、それ以上の言葉は重ねなかった。