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ジオンは、リヨンが不義を働いたのが許せなかった。自分がそうさせたのだという事実が、なお……許せなかった。
確かに見た……。
流れる妖艶な空気。
息を呑むほど、耽美で甘い雰囲気。
リヨンのあらわな肢体《からだ》に、からみつくグソンの体躯《からだ》。
初めて目にした熟れきった妻の姿。
見てはいけない、いや、見なければならなかった、リヨンの姿……。
甘えるように、グソンの胸に手を這わし、うっすらとたたえる艶のある笑み。
そして、しとやかな声――。
「兄王から頼りがきたの。そろそろ、潮時だろうと」
「潮時?」
「兄王はこの国を手に入れるため、明国に取り入って私を下したのよ?」
「ええ」
「でも、私が子を産まぬから、阿片をよこした。グソン、お前はよくやってくれたわ」
「まあ、高官どもを阿片漬けにしてしまえば……国もすぐに取れるでしょうからな」
「ふふふ、でも、まさか、王自らそうなるとはね」
「今なら、この国も……」
「ええ。形無しね。敵が攻め込んできたからと、あの王に、何ができて?」
「自分の妃すら抱けない男ですからね」
「そうそう、グソン、私、子を産みたいの」
「子を?」
「でも、お前の子はもてないでしょ?残念ね。お前の子が、王になれたのに」
「仕方ありません。そうですね。それも良いでしょう。早速、誰か用意いたしましょう」
「そう?そうしてちょうだい。子がいれば、兄王がここをとった後も、私は居座っていられるから」
「新王の生母として?」
「そういうこと。子のいない王妃なんて、なんの役にも立たないわ。兄王も、邪険にするでしょうしね」
「なるほど」
「兄王は、武器を集め始めたようよ。ジオンにもっと阿片を勧めろと、うるさくて。でも、顔をつきあわすこともないのに、勧めるもなにも……」
「確かに、王は戦にたけている。阿片で潰しておかなければ、兄王様に勝ち目はないでしょう」
「それに、うるさい大臣達も、今なら阿片欲しさに、すぐひれ伏すでしょう?」
妃の世迷い言に相づちを打ちながら、グソンの細い指は横たわるリヨンを愛撫していた。
女体は、男をそそるかのように、肌を欲情の色に染めていく。
それが、ジオンを踏み切らせた。
……どうして、
宦官などと……。
大きく剣を振り下ろし、ジオンは血糊となったリヨンの業を刃から払いきる。
ずしりと鋼の重みが伝わってきた。
この手で妻を斬ったのだと、ジオンはあらためて思い知った。
「大丈夫ですか?」
蜘蛛の子を散らしたように、高官達は消え、この場には、ウォルしか残っていない。
「漏らすな」
「はい。もちろん」
「戦は……雪があってはままならない」
「向こうもわかっていると思いますが……」
「しかし、面子があるだろう?妹姫を罪人として殺されたのだ」
「ええ」
「できるだけ、漏れないように。なに、雪溶けまででいいのだから」
「かしこまりました」
ウォルは、頷く。
立ちすくむ眼下には、すでにリヨン達の亡骸はなく、紅蓮に染まる雪があるだけだった。
「お部屋に戻りましょう」
チラチラと、粉雪が舞始めた。
ふと、寒気に身を震わすウォルだったが、相変わらず主人は、放心しきった顔をしている。
「男と女を斬っただけのこと」
ジオンは、自分を納得させるかのように呟く。
「いえ、謀反を企てた、罪人を処罰したのです」
「ああ、そうだな。そうだ。罪人だ……」
肩を落とす男は、一国の王という昔の姿に戻っていた。
ウォルは、ほっと息をつく。
まだ、完全ではない。が、これでジオンの体から、阿片が抜けてくれるだろう。
こんな時、ミヒがいてくれたなら。
ジオンの心は、いくらか癒されるだろうに。
いや、まず、こんなことは、起こらなかっただろう……。
ウォルは、じっと主人の背を見た。