火鉢の炭が絶えかけているのか、それとも、しんしんと降りつもる雪のせいなのか、底冷えが厳しい。床下の炭火の効きもすこぶる悪い。
物音がした。
「ああ、すまない。起こしてしまったか」
間仕切る屏風から、チホが顔をのぞかす。
「お戻りでしたか」
ミヒは、床から起きあがろうとするが、とたんに、大きくむせこんでしまった。
そのまま、乾いた咳が続き、なかなか止まらない。
ゼイゼイと苦しげに息をするミヒを見て、チホは、枕元にある高杯の水を差し出した。
ここのところ、ミヒは臥せっていた。
「無理しなくていい」
「申し訳ありません」
受けた水をゆっくり飲み、ミヒは息をついた。
「ちゃんと、薬湯《くすり》を飲みなさい。咳がでるようだから、カリン茶を用意させようか?」
言って、体を震わしチホは火鉢に手を添えた。
横顔は、いつになく厳しい。
「戦《いくさ》が起こるようだよ。かなり大きな」
「戦?」
「ジオンが動き始めた。雪溶けを待っているのようだ」
「ジオンが?」
「ああ」
どうりで。
ここのところ、屋敷が騒がしかった。
大きな商いが控えているとは聞いていたが、そうだったのか。
確かに戦となれば、武器が確実にはける。またとない機会に違いない。
「側に、横になっていいか?」
「ええ……」
チホは纏《まと》う長衣を脱いだ。
「夢を見るのか?」
「いいえ、さほどは」
「でも、見るんだね?」
「はい……」
ミヒは、うつむき小さく答えると、隅にあるつづらから、チホの部屋着をだした。
疲れがたまっているのか、チホは唸るようなため息をつき、世話をやくミヒの様子を気にとめることなく、衣を脱いでいく。
チホの肌には、無数の傷がある。
幾度となく目にするものも、今日のように、日の高いうちから見るのはまれだった。
「かれこれ、人には言えないことをやってきたから」
ミヒの視線に気づいたらしく、チホは軽く笑った。
「痛むの……ですか?」
肩から背の中央にかけて、一際赤くはれ上がる傷があった。
ミヒは指で、傷跡を伝った。
何か心にひっかかった。
「傷は……癒えている。どうした?」
「いえ……気になって」
いつになく執拗に食い下がるミヒにチホは、観念したのか、語り始めた。
「この傷は、最初に受けたものなんだよ」
「仕事の時に?」
「……今の仕事とは違う。私は別な人間だった。若かった。今のミヒぐらいだったか」
ミヒの手が、傷を伝って、チホの首もとへ這った。
「私一人……こうして……」
チホは、ミヒの柔らかな手を取る。
そのまま口をつぐむと、いつになく遠い目をした。
「おや?」
「……塩を……」
外から、かすかに声が聞こえてくる。
「塩をおくれ……」
小さく震えるような声……。
チホは上着を羽織り、明かり障子を開けて外を伺う。
蓑《みの》に包まった男の子が一人。寒さに震えながら、枡《ます》を突き出していた。