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瑠衣は侑を置き去りにしたまま家に戻ると、リビングを抜けて階段を上り、そのまま寝室へ向かった。
ルームライトも点けず暗い部屋の隅で、折り曲げた両脚を両腕で抱えながら床に座り、先ほどホールでの怜と奏の姿を思い出す。
あんなに互いを愛し愛されて、幸せ満開の二人。
人目なんて気にせずに抱きしめ合い、気持ちをストレートに行動に表せる怜と奏が、瑠衣には羨ましく感じていた。
(私と響野先生は……身体の関係がある師弟関係。それも私だけの想いが一方通行。先生は……私が娼婦だったから抱いているだけに過ぎない……。先生にとって、私は……性欲を満たすだけのおもちゃ……)
もう私は『娼婦の愛音』ではない。ただの女、九條瑠衣なのに。
響野先生には想いを伝えず、自分の中だけで彼を想い、彼の側にいられれば良かったはずなのに——
心の中に燻っていた侑への想いが、いつしか抱えきれなくなるほどに膨らみ、瑠衣の心は限界に達しようとしていた。
視界が滲み、濃茶の瞳から熱を纏った雫が頬を伝う。
侑への恋心をどうしていいか分からずに、瑠衣は涙を流す事しかできなかった。
不意に寝室のドアが開き、侑がライトのスイッチを点けて入ってきた。
ゆっくりと瑠衣に歩み寄り、彼女の目の前でしゃがみ込むと、彼の冷淡な眼差しが瑠衣を突いた。
「…………ここにいたのか」
「…………」
瑠衣は視線だけで侑を見上げた後、瞼を伏せると、瞳の奥がジワジワと熱くなり、またも目尻から涙が零れてしまった。
(こんな顔……響野先生に見せられないし、見られたくない……)
侑への想いを封印しようとすればするほど、涙が溢れて止まらない。
自分がこんなに弱い人間だったなんて。
大学時代、純粋に『師匠と弟子』だった頃、レッスン中に侑からどんなに辛辣な言葉を投げ掛けられても耐えられたというのに。
それが今、師匠ではなく、『一人の男性』として侑を想うようになってからの瑠衣は、脆く崩れてしまうのではないかと思わざるを得ない。
(本気で人を好きになる事って、こんなに心が騒めいて、苦しくて切ない気持ちになるの……?)
自分の全てが陥落してしまわないように、瑠衣は膝を抱えて座り込んだまま、腹に力を込め、唇を噛んだ。
「九條」
「…………」
侑が瑠衣を呼ぶが、彼女は頑なに顔を俯き加減にしたまま。
「…………何があったというんだ? …………なぜ急に黙り込んでいるんだ?」
侑が瑠衣の腕を掴み、引き寄せて抱きしめようとした。