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「やめて!!」
瑠衣が両腕を伸ばし、侑の身体を押し返した。
今まで瑠衣を抱きしめた時、素直に腕の中に包み込まれていた彼女が、侑の抱擁を初めて拒否した事に、彼は静かに目を見張る。
やがて瑠衣は顔を上げ、涙で顔を歪めながら侑に思いの丈をぶつけた。
「…………どうして私を抱きしめようとするの!? どうして今でも私を抱くの!? 私はもう『娼婦の愛音』じゃない!! 先生が私を抱くのは……私が…………娼婦だったからでしょ!?」
瑠衣の言葉に、侑は眉間に皺を刻ませ、苦渋を滲ませた面差しを向ける。
「抱きしめられたら……私…………勘違い……しちゃう!!」
「……っ」
侑が言葉を詰まらせ、僅かに瑠衣から視線を外した後、再び彼女を見やった。
「娼婦だった私は……先生を始め、色々な男性と身体の関係を結んだ穢れた女だし、私には恋愛とか結婚とか……」
瑠衣が吐き出す息を震わせながら侑の視線から逸らした。
「葉山さんと奏ちゃんのように……互いに愛し愛される人…………私にはそんな人なんか——」
艶やかな唇を小刻みに震わせながら、絞り出すように声を掠らせた。
「——一生現れない……!」
(やはり…………九條はあの二人が抱きしめ合っているのを見て……思う事があった、という事か……。だが……お前がそう思っていても…………俺は…………九條を……!)
侑が眉間に皺を寄せつつ、泣きながら言葉を吐き出す瑠衣を射抜く。
「だからもう…………勘違いさせるような事……思わせぶりな事なんてしないでっ!!」
まるで侑の全てを拒否したような言葉を言い捨て、瑠衣は立ち上がり、寝室を出ようとした。
「九條っ……!」
侑が細い手首を掴み引き寄せようとするが、瑠衣は腕を振り切り、クシャクシャな表情で彼に号哭した。
「こんな想いを抱えて! 苦しい思いをするなんて…………もう嫌ぁああぁぁっ!!」
「九條! 待て!!」
瑠衣は慌てて寝室を飛び出し、一階のリビングへと駆け下りていく。
パタパタと階段を下りていく音に続いて、重厚な扉が閉まる音が遠くに響いた。
「……っ!!」
瑠衣が寝室から消え、侑は怒りを抑えつけた表情で、ベッドのマットレスに思い切り拳を作って叩きつける。
(俺は…………情けない男だ。愛しい女を…………泣かせてばかりだ……)
この日、瑠衣が侑の家に身を寄せるようになって、初めて別々に就寝した。