「ははは、ナタリー君もなかなかの食わせ者だね」
マーストン卿も流石なもので、ナタリーを軽くいなした。
正しくは、現れたフランス野郎達に、降参、白旗をあげている状態で、ナタリーどころではないのだろう。
「皇太子殿下には、やっと、お立場を御理解頂いたようで」
そこへ、入り口ドアが開き、低く、陰険な男の声が流れてくる。
マーストン卿は、観念極まるといった感じで、肩をすくめ、フランス野郎達は、ドアを見て、安堵の笑みを浮かべている。
「おやおや、第二王子もお揃いで……」
ほぼ、乱入して来たに近い男こそ、宰相であることは、明白だった。
五十手前、細身を越えた痩せ体型の男は、書記官達と揃いのスーツを着ている。
ただ、所々、金モールが、飾り付けられている所をみると、上位に立つ者であるというのは、ナタリーにも十分わかる装いで、フランス野郎達に、臆することなく、いや、フランス側に媚びるかのよう、マーストン卿へ意見するということは、彼が噂の宰相というのは、確実だった。
まあ、何が辛いのか、苦虫を噛み潰したような表情を緩める訳でもなく、おそらく、宰相であろう男は、ナタリーどころか、カイルすら無視して、マーストン卿へ近寄った。
はからずも、前には宰相、サイドには、フランスと、まさに、自国の立地そのものの様に睨まれた卿は、それでも、笑みを絶やさず、
「わかった、いや、わかっているよ」
と、諦めの言葉を吐く。
「父上には、健康上の理由から退位して頂く。そして、私が即位する。別居している妻には、連絡している。娘を連れて、戻って来てくれと……。偽りの、夫婦、そして、王妃を演じてくれと。その見返りも提示して、合意している」
新国王が、独り身、それも、別居中となると、色々混乱するだろう。
いわゆる、かりそめ、形だけでも、妻、王妃は必要。
バルコニーから、国民へ向け、新王の隣で手を振る人物が、絶対的に要りようなのだ。
「まあ、細かなことは、君が手配してくれていたから、スムーズに話はついたけれど……」
マーストン卿は、最後のあがきとばかりに、宰相らしき男へ、嫌みを言った。
「それは、良かった。そもそも、殿下は、この国を担うお方。それを、アメリカへだなどと。病床の国王様も、お嘆きあそばされるばかりで……」
「ああ、もう、話はついたのだ。小言はよしてくれ」
いまいましげに、マーストン卿は、首を振る。
国家維持の為に、我慢、を押し付けられてしまった卿には、同情するが、どうやら、災いたるものは、降りかかっては来ないようだと、ナタリーは内心ホッとした。
「いや!ちょっと!小言のひとつふたつで、終わる話じゃないだろ!ルーカス!!」
ナタリーの脇から、抗議の声がする。
カイルが、身を乗りだし食ってかかっている。ついでに、「ハニー、彼はルーカス、我が国の宰相ね」などと、のたまわった。
一同は、またか、と、顔をしかめて、カイルを見る。
せっかく、何事にも巻き込まれず、丸く収まりそうなのに、何がしたいのだとばかりに、ナタリーも、眉をひそめた。
「じゃあ、俺は、自由にさせてもらう!あんた達の思い通りになったんだ!俺はもう、必要ないだろう?!」
カイルは、叫びに近い声を出して、ガッシリとナタリーの肩を抱いた。
「俺の未来はここにある!ナタリーと、結婚するんだ!」
そして、わざとらしく、チュッと音を立て、ナタリーの頬に口付ける。
「な、なに、勝手な事を!自分の立場をわきまえなさいよ!」
嫌み半分、本気度全開で、ナタリーは、絡み付いているカイルを押し退けようとした。
「あらまぁ!結局、王妃になれないとわかったから、逃げ出すのね?まっ、ワイナリーの経営でもやってれば?お似合いだと思うわ」
ナタリーが、必死にカイルを振りほどいているそこへ、また、ドアが開く。
無敵とばかりに自信満々な雰囲気を漂わす、ロザリーが、余裕の笑みを浮かべながら、部屋へ入って来た。
「あー!やっと、間抜けな王子から解放されたわ!ねぇ、マイダーリン!これからは、私達の時代ってことよね!」
ふふっと、笑いながら、ロザリーは、宰相のルーカスへ駆け寄った。
「……マイダーリンって、お針子ちゃん?それ、なんなの?!」
カイルが呆けている。
あれだけ、ダーリンと、カイルへいちゃついて来ていたロザリーが、鼻にかかった甘え声で、今度は、宰相の腕にしがみついていた。
「え?いや?!ちょっ!!」
「あら、カイル。あなた、ひょっとして、捨てられたの?」
焦り尽くしているカイルへ、ナタリーが、キツイ一言を発する。
たちまち、フランス野郎達、そして、宰相のルーカスが、吹き出した。
「そうね、仕事ってことで。そうでしょ?」
ロザリーは、変わらず、ルーカスへここぞとばかり、甘えていた。
まあ、つまり、ロザリーは、フランスの人間であり、そして、宰相のルーカスは、フランス側に着く人間であり、加えて、男と女だったということで、歳の差と見た目のバランスは、大いに難ありではあるが、思惑は一致していたということで……。
はぁ、と、流石に、ナタリーも、やられたと息をつく。
わかっていないのは、カイルだけのようで、いや、自分は、ロザリーにまんまと利用されていただけだったというのが、受け入れがたいのだろう、空々しく宰相に抱きつくロザリーの姿を、言葉なく見ているだけだった。
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