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北尾スリエは『蛇の獣人』女性だ。過去に三度の離婚歴があり、その全てで『夫』となった男性が心を病んだ事を理由に離婚に至っている、生きた『地雷』である。北尾家の現当主夫婦は長年子宝に恵まれず、やっと生まれたのが『獣人』だったものだから、蝶よ花よと育てられて歪んだ人格形成に至ってしまった典型的タイプだ。
(まぁ、『地雷』となる決定打はもっと別の理由があるのだけれども)
好む服装や装飾品のせいなのか、二十九歳とは思えぬ可愛らしい雰囲気のある女性で、紫色のふんわりとした髪は腰までと長く、橙色の瞳がその容姿とよく合い、細長い舌や瞳孔には蛇の特徴がよく出ているが、白い肌に鱗などは無いらしい。
「三度の結婚では子供に恵まれなかったからか、懲りずに四人目の『夫』を求めているみたいなんだよ。で、真っ当じゃない離婚歴があろうが気にせず結婚出来る相手をお探しで、『獣人』でありながらも不遇な叶糸君に白羽の矢を立てたみたいだね」
「アレとの結婚は絶対に駄目じゃ!」
叶糸の服をぎゅっと掴み、ブンブンと顔を横に振って激しく否定した。すると、余程嬉しかったのか、叶糸が私の頭部に顔を埋めてきた。スゥゥゥゥッと深呼吸までして匂いを補充しているが、今は放置しておこう。
「だよねぇ、わかってるよ。私も『アレは無い』と心底思う相手だからね。はっきり言って性根が腐っているし、普通のヒトは絶対に近寄っちゃいけない類の人物だよ。実家が医療関係に特化した名家であるのをいい事に、元夫達の記憶は『心の治療』の名目で御丁寧に消してあるけども、彼女との結婚期間中に何があったのかは当然私達は把握済みだ。……正直、彼女の行動の全てに反吐が出るよ。『仕事』でもなければ知りたくない『情報』ばかりだなと思った程にね」
(実際に心を病んでしまっているから、記憶を消そうが法的にも問題がないという訳か)
「……そうね」とサリアも頷く。叶糸はもう『北尾スリエ』を一切覚えていないおかげで何処吹く風といった感じだが、アルサ達と同じく、全てを把握している身としては彼らに同意するしか出来なかった。
「……成る程、な。それで私達が結婚すれば双方の危機から逃げられるという事か」
絶対に有り得ない話ではあるが、もし望まれるままに私が『西條ソロア』と結婚すると、叶糸が実父に売られる様にして『北尾スリエ』と結婚する羽目になるだろう。だからって、ただ断るだけでは、ソロアのあの性格では絶対に納得なんかする筈が無い。あの手この手で手中に収めようと画策して、また全てを不幸に巻き込みかねないもんな。
だけど男爵の家の出である叶糸と結婚するからと断れば、それはそれでソロアが怒り狂う気がするけれど、その点はいいのか?とちょっと思ったが、聡いアルサの事だ、そこは上手くやるつもりなのだろう。
スリエとの婚約により『過去』の叶糸が被った心のダメージなどを考えると、この二人の結婚も絶対に避けておきたい。だが『侯爵』である北尾家との結婚を断るには相応の家の者を別に用意する必要があり、丁度これから『南風アルカナ』となる『私』が適任だという訳か。
「実はね、『西條ソロア』には、丁度アレを押し付けるに適した相手がいるんだ。彼女の母親の実家の王族の一員だから血筋だけならなんの問題も無い。まぁ『龍の獣人』であるアルカナの存在を知った後ではそれでも不満かもだけど、この国は基本的には一夫一婦制だ。同性婚ならまだしも、男女で結婚してしまってはもうどうしようもないから、渋々受け入れてくれるだろうさ」
妙に強調された部分が気になり、「……血筋『だけ』、とな?」とアルサに訊く。
「相手の男性は、一家総出で徹底的に隠してはいるけど、実際には随分と性癖が歪んでいるんだ。『我儘で気位の高い傲慢な女性を、圧倒的な力と変態的な性行為で屈服させて、無理矢理孕ませたい』って奴でね。対外的には『王族』だから人前ではちゃんと優男っぽく振る舞ってはいるけど、欲望の詰まったパソコンの中身なんかは、そりゃもう凄い有様だったよ」
「……拘束した挙句に、監禁して、孕み腹扱いでもしかねない奴って事か?」
「わかってるねぇ、まさにそうだよ!欲求の発散の為なのか、そういった行為用の隠し部屋が既にあったり、大衆の前では言葉に出来ない様な道具を多種多様に揃えてはいるけど、今は妄想だけで必死に我慢してるって感じだ。だけどその欲望を、法的にも問題のない相手と共に現実化出来るとなれば、事前に抵抗する気力も体力も奪う為に『魔力封じ』くらいは当然するだろうから、万が一の心配もなさそうじゃないかい?」
流石だな。情報特化な南風家であろうが『二度目の人生での魔力暴走自殺事件』は絶対に知り様が無いのに、ソロアならば『起きうる可能性がある』くらいには織り込み済みって訳か。
(海外へ嫁ぐとなれば西條家の末弟・ソリアからも離れるから、彼が不幸に見舞われる心配もないな)
このままでは、誇れるレベルの魔力を封じられて、監禁された挙句の快楽堕ちエンドが待っているソロアには悪いが、どうしたって考えは『最良の案なのでは?』という結論に帰着してしまう。そもそも、ソロアがどんな目に遭おうが彼女の場合は身から出た錆みたいなものだしな。既にもう家族への迷惑行為は散々行ってしまっているし、叶糸の二度目の人生での彼女を知ってもいるからか余計にそう思えた。
北尾家の方は『結婚相手は“剣叶糸”じゃなきゃ駄目だ』とまでではないだろうから、今後の出方を心配する必要もなさそうだ。
「ふむ。そうか……。だけど良いのか?叶糸的には、その、『私』なんかとの婚姻だなんて」
最終的には『契約結婚』や『偽装結婚』という形に収まるだろうが、この結婚は本当に好きなヒトとの出逢いの機会を奪いかねない。今の家を出さえすれば婚姻を継続する理由もなくなるし、運命的な相手と出逢った時には別れてあげればいいかとも思うが、実情がどうであれ、世間的には『既婚者』となると『真実の愛』との出逢いには大きな障害となるから、申し訳ない気持ちで一杯だ。
だが叶糸は『コイツは何を言っているんだ?』とでも思っていそうな顔で私を見ている気がする。そんな彼を不思議に思いながら見上げていると、諦め混じりに息を吐き、「……不満に思う様な相手だったら、そもそも此処まで追って来る訳がないよな?」と叶糸が言った。
「じゃないと、一番濃い匂いでマーキングみたいな行為だってしないし——」
だなんて言い始めた叶糸の口を、小さな手で慌てて塞ぐ。そっと後ろを振り返ったが、一同が『聞こえなかったフリ』をしているだけである事がありありとわかって、一気に恥ずかしくなった。
「じゃぁもう、我々が結婚して、二つの面倒事を同時に回避するという事で良いの、だな⁉︎」
無駄に、誤魔化すみたいな大声をあげる。
すると優しい手付きで私の手を叶糸が掴み、自分の頬にそっとその手を添えて、「もちろん」と幸せそうに言った。一瞬、『……もしかして叶糸は、私の事が好きなのか?』と勘違いしてしまいそうになる程の素敵な笑顔だった。もうすっかり目の下のクマも消えているからか、すごく眩しい。
(——いやいやいや!ほぼミイラみたいな私相手にそんな感情を抱く者がこの世にいるわけがないじゃないか!)
『後継者』という立場にある叶糸に対して、一瞬であろうがそんなふうに思ってしまった事を申し訳なく思う。……だけどまぁ、内情を知っている当事者までもがそう感じてしまう程の笑顔を『嫁』役の相手に向ける事が出来るその演技力は、今度の事を考えると、非常に有効な能力であろうから良しとしようか。
コメント
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**美月ゆめか🌸** 第27話、おつかれさまです!✨ 今回の政治的な婚姻の駆け引き、めっちゃ面白かったです…! 特に、叶糸くんが「一番濃い匂いでマーキング」って言い出して口塞がれるシーン、思わずニヤニヤしちゃいました😭💕 しかもそのあとの誤魔化し大声とか可愛すぎる…!! 地雷女子・北尾スリエの情報もヤバかったけど、逆にソロアにピッタリな相手がいるってとこ、ゾクッとしつつも痛快でした。 何より叶糸くんのあの笑顔…「好きなんじゃ…?」って思っちゃったけど、主人公が自分で否定するのもまた良いギャップで好きです!! 次回も楽しみにしてます🔥⋆⸜♡⸝⋆
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瑠璃マリコ
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