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「わかった。体も冷えて来たから部屋で大人しくしておく」
波留の一言に、おお、と、辺りから声があがる。
王妃がやっと諦めた、いや、余計なことに首を突っ込まないと受け止めたようだ。
「王妃よ、それが良い。身重のお前は自分の体を労っていればよいのだ」
王、清順は、先ほどまでの剣幕を緩め微笑んでいるようにも見える。
「そうだわね。寒いわっ!外套を早くちょうだい!」
この、苛立った王妃の声に、辺りの女官達は、縮み上がり、吹き付ける雨風で蒼白になっている面持ちが更に青白くなった。
「お、王妃様」
外套を持ってきた女官が、癇癪に触れてはならぬと恐る恐る、波瑠の肩に外套を掛けると、部屋へ戻る様に手を差し伸べてくる。
途端に波瑠が叫ぶ。
「おじいちゃん!私の準備はできたよ!さあ!連れて行って!」
ザブザブと音を立てながら足元まで浸水している回廊を波瑠は横切ると崔将軍へ手を伸ばし、雨よけに纏う長衣を掴んだ。
「王妃っ!!」
清順も叫ぶ。してやられたとばかりに、その顔つきは固く、当然眉はつり上がっていた。
「では!このじいの背中をお使いくだされ!この先は池の氾濫でもっと水かさが増しております。足元が悪い!」
崔将軍がおぶされと言ってきた。
しかし、年配を超えて、老齢だ。波瑠は躊躇する。
「ははは、心配ご無用。年は取っておりますが、それくらいはまだ、朝飯前でございますよ。それに……」
言って、崔将軍は、ちらりと王を見た。
「若い部下に背負わせるとなると……落ち着かないお方がおられます……」
くくく、と、崔将軍は小さく笑い波瑠に、背を向けて腰をかがめる。
「ん?よくわかんないけど、わかったよ!」
「ま、待てっ!」
清順が焦り、波瑠を捕まえようと手を伸ばすが、指先が宙を舞うだけだった。すでに、波瑠は将軍の背中に収まっている。
「王妃!」
引き止められなかったと、王の怒りは相当なものになっていた。それは、皆を振るいあがらせるほどの形相になって表れている。
「あっ、王様?食料お願いします!炊き出しに使える物、お米が助かる!」
それじゃあと、波瑠は背負われながら、去って行った。
「か、閣議を!!そ、それからっ、王妃を追うのだっ!身重があのように、この雨のなかを動いては……!」
清順は、ザブザブと足元の水を切りながら、回廊から正殿へ続く大扉へ向かった。
「それで、王妃様への処罰はいかがなされますか?」
宰相が、意地悪く扉の影から口を出す。
「……そ、それは……?」
「陛下、あのような振る舞い、決して許されるものではございません。まずは、反逆罪も視野に入れられますよう……」
「しかし……そこまでの処罰が必要なのか?それに、まずはこの雨の被害を……」
清順は、やっと、王の役目を思い出したのか、氾濫した川の処理について公言した。
「はい。まあ、確かに。しかし、被害は、川の氾濫のみ。そして、町の一つ二つが、水害にあっていることだけではありませぬか?」
宰相は、まるで他人事のように言っている。
「だが、民が難儀しておるのでは?それに、事実、後宮は、このざまだぞ!」
「陛下。浸水した部屋の者は、謁見の間に集めなさいませ。見る限り、池の水があふれただけ。池に面していない回廊は無事のようですし。雨が止むのを待つだけで、大丈夫な話ではないでしょうか?」
ツンとしながら宰相は、進言し続ける。一方、清順の胸の内は、何か違うとモヤついていた。
「馬の用意を!現地視察に出向く!」
唐突な王の言葉に、皆は驚き、宰相は、余計な事をと言いたいのか、おもむろに、顔をしかめた。