テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
梅雨入り前の六月初め、一日全ての講義を受け終えた私は、学内の図書館に向かった。そこで調べものに没頭していたが、窓の外が薄暗くなりかけていることに気づき、壁掛け時計に目をやった。今から向かえばバスに間に合う時間だ。私は慌ただしく机の上を片づけて、駆け足で大学の建物を出た。
バスがやって来たのは、停留所まであと数歩というタイミングだった。
無事に乗車できたことにほっとしながら、吊革につかまって窓の外を眺めていたが、書店に寄ろうと思いたった。毎月買っている雑誌の発売日が今日であることを思い出したのだ。私はいつものバス停の一つ前で降りて、書店がある方へと足を向けた。
書店に着いた後は、自動ドアを抜けて真っすぐ雑誌コーナーに向かう。目当ての雑誌はすぐに見つかった。早速購入したそれを、肩にかけたカバンの中に仕舞い込み、書店を後にした。
自宅まではたいした距離ではない。私はてくてくと歩き出した。
「すみません!」
突然声をかけられて、驚いた。びくびくしながら振り返り、その偶然に息を飲む。
そこにいたのは、ぶつかったあの日からずっと私の心に住み着いていたあの人だった。
彼は私を見てほっとしたように笑う。
「あぁ、やっぱりそうだ。こんばんは」
私はどきどきしながら彼に挨拶する。
「こ、こんばんわ……」
「あの時は、ほんとにすみませんでした。膝の傷、もう治った?」
「は、はい」
私はどぎまぎしながら頷いた。
「全然たいしたことなかったので、二、三日で綺麗に治りました」
「良かった」
彼は安堵の笑みを浮かべ、それから真顔になって辺りを見回す。
「今日はお姉さんと一緒じゃないんだね」
やはり彼も他の男の子たち同様、柚乃のことが気になるのだろうかと、もやもやとした思いが胸に広がった。けれど、平静を装い、私は微笑む。
「いつも一緒というわけではないので……。大学も別々の所に通っていますし」
彼は、へぇっと驚いたように言って目を見開く。
「二人とも大学生なんだ?」
「はい」
「じゃあ、俺と同じだね。俺は、神澤大の四年。二人はどこの大学?あ、いや、ごめん。この前会っただけの人間に、言いたくないよな」
「いえ、大丈夫です」
私は首を横に振った。好きな人だという欲目を除いても、彼が悪い人だとは思えない。
「私は櫻野大で、姉は神澤大です。私たち二人とも三年生です」
「お姉さんは、神澤大なの?俺と同じだ。そんでもって、二人とも三年生なんだね」
彼はまじまじと私を見つめた。
「もしかして、双子なの?」
その表情から、彼が何を思ったのかが想像できた。だから、私は自分から先に言っておくことにする。
「似ているようで似ていない、ってよく言われますけど、私たち一応、一卵性双生児なんです」
「へぇ、そうなんだ。雰囲気が違うから、この前会った時は、ずいぶんとそっくりな姉妹だなとしか思わなかったんだよね。でも、そうか、だからなんだね」
彼は納得顔でうんうんと頷いていたが、はっとしたように表情を改めた。
「引き留めてしまって、ごめんね。俺はここで」
私もまたこれから向かおうとしていた方に向かって、彼はそそくさと立ち去ろうとした。
しかし、まだ彼と話をしてみたいと思った私は、勇気を出して彼に声をかける。
87
白湯
200
#しょしんしゃ🔰
李冬🍒♬@フォロバ💯
707
「あ、あの!」
彼は足を踏み出しかけていたが、それを止めて私に向き直った。
「私、家に帰る途中だったんです。だから、もし良かったら……」
そこまで言って、私はもじもじとして口を閉じた。彼を引き留めたはいいが、「一緒に帰りませんか」のひと言をなかなか口にできない。
私が飲み込んだ言葉が何であるかを察したらしく、彼はにこりと笑って軽やかに言う。
「それじゃあ、途中まで一緒に帰ろうか」
「は、はいっ」
嬉しさに胸をどきどきさせながら、私は彼の隣に並んで歩き出した。
彼は私に歩調を合わせながら訊ねる。
「家は、あの時ぶつかった辺りから近いの?」
「はい。あの場所から、もう少し行った所です」
「そっか、俺のアパートとけっこう近いんだね。だけど、今まで会ったことがなかったよなぁ。単に俺が気づかなかっただけかもしれないけど、生活リズムが違うと、なかなか会わなかっりするもんね」
「そうですね」
「ところで、お姉さんは神澤大だっけ?大学でも見かけたことがないのは、学部が違うからなんだろうな。大学って広いからね。同じサークルに入ってるとか、同じ講義に出てるとか、後は共通の知人がいるとかでもないと、なかなか接点がなかったりするし。君、いや、えぇと……」
彼は私に話しかけようとして、迷うように目を宙に泳がせ、次いで苦笑を浮かべた。
「やっぱり名前が分からないと、話しにくいな。良かったら、だけど、名前を教えてもらえないかな?家が近いようだし、また会うかもしれないでしょ?俺は、戸崎恭一って言います」
できれば彼の名前を知りたいと思っていた私は、彼から言い出してくれたことを心の中で喜ぶ。
「藤川詩乃です。よろしくお願いします」
「へぇ、詩乃ちゃんっていうんだ。可愛い名前だね」
「あ、ありがとうございます」
それが何であれ、好きな人に褒められて、嬉しさに口元が緩みかけた。けれど、恥ずかしさの方が勝り、私はうつむく。
戸崎は慌てたように弁解する。
「ご、ごめん。親しくもないのに、つい下の名前で呼んじゃって」
「い、いえ、大丈夫です」
私は首を横に振り、微笑みながらおずおずと彼を見上げた。名前で呼ばれれば呼ばれた分だけ、彼との距離が近づきそうな気がするのだから、嫌だと思うわけがない。