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ヒサギさんは草むらの中にマンドラゴラの鉢植えを置くと、再びこちらに戻ってきて、私と一緒に物陰に身を潜めた。
ふたりしてじっと鉢植えの方を見つめていたのだけれど、なかなかジャッカロープはその姿を現さない。
「……本当にジャッカロープは出てくるの?」
「絶対に出てくるから、だいじょーぶ!」
「根拠は?」
「ないよ」
だよね、と思いながら、根気強く待つこと十分。
大した会話もなく、そろそろ飽きてあくびが出始めたころ、
「――あ、来た!」
囁くようにヒサギさんが口にして、私は慌てて顔を向けた。
見れば、マンドラゴラの鉢植えに上半身を乗っけようとしているジャッカロープの姿がそこにはあった。
ジャッカロープはあの立派な角を振りながら前脚を鉢植えのへりに乗せて、クンクンとマンドラゴラの葉や花のにおいを嗅ぐと、パクリ、とその緑の葉っぱを口にくわえる。
「……本当にきた!」
「だから言ったじゃん。絶対にくるって!」
自信満々に胸を張って、ふんすと鼻を鳴らすヒサギさん。
そんなヒサギさんに、私は訊ねる。
「それで、どうするの? 早く捕まえにいかないと、食べきられちゃうよ」
「だいじょーぶ! ちゃんと考えてるから!」
見ててね、とヒサギさんはにやりと笑んで口にして、小さく何かの呪文?を唱えた。
聞きなれない発音の、聞きなれない言葉の呪文だった。
少なくとも、学校で習う英語とかじゃない。
その呪文が唱えられた直後。
「――あっ」
マンドラゴラの葉を食んでいたジャッカロープの周囲に、小さく風がうねり始めたのだ。
その風はやがて徐々に勢いを増していき、小さなつむじ風へと成長していったかと思えば、ジャッカロープの身体を一気に包み込んで、そのまま宙へと浮かび上がらせたのだった。
「……すごい、なにこれ。どうやったの?」
「風の力でコーソクしてるんだ。本当は自分が空を飛ぶときに使う魔法なんだけど、対象を変えて範囲を狭めることによって、物体を持ち上げることができるの」
――って、お母さんに教えてもらったんだ。
ヒサギさんは付け加えるようにそう言った。
私はそれを耳にしながら、開いた口がふさがらなかった。
考えてみれば、ヒサギさんからまともに魔法を見せてもらったのは初めてじゃないだろうか。
少なくとも、ジャッカロープを一緒に捕まえようと言われたあの日、ヒサギさんの身体を包み込んでいた強い風は、それでも彼女の身体を浮かび上がらせるほどの力はまったくなかった。
それが今は、小さいとはいえ、ジャッカロープの身体を完全に宙に浮かび上がらせているのである。
いったいヒサギさんは、他にどんな魔法が使えるのだろうか。
「これなら簡単に捕まえられるでしょ?」
ヒサギさんは得意げに口にして、すたすたとジャッカロープの方へ歩いていく。
私もはっと我に返って、そのあとを追いかけながら、
「すごいじゃん、ヒサギさん! 結局、山の中を探し回らずに捕まえられたよ!」
それに対して、ヒサギさんは「へへん」と笑んで、
「これが私の実力だよ!」
さすが私! と自画自賛した。
ジャッカロープは風に包まれたまま、必死につむじ風から脱出しようと、激しく身体をひねらせて暴れていた。そのまん丸い黒い瞳を時折こちらに向けてぎろりと睨み、ブゥッブゥッと怒ったような鳴き声をあげている。
「……めちゃくちゃ暴れてるけど、ここからどうやって下ろすの?」
手を伸ばしたらあの角に刺されそうだし、あの鳴き声も正直怖い。
ヒサギさんは両手を腰に当てて、宙に浮いたジャッカロープを見上げながら、
「うん! 考えてなかった!」
それからこちらに顔を向けて、「あははっ」と軽く笑ってから、
「……どうしよっか?」
「えぇ――」
そんなこと言われたって、私にだって解らない。
「いっそ、風に包んだまま移動できないの?」
するとヒサギさんは、軽く頭を掻きながら、
「……やり方がわかんない。私、まだシュギョーチューの身だから」
「えぇ――」
私たちは困り果てて、ただ風の中で暴れ続けるジャッカロープを見上げていたのだけれど、
「あっ、ヤバい」
ヒサギさんがそう小さく漏らした途端、ジャッカロープは器用につむじ風の中を駆けあがり、バッと風を蹴って飛び上がったかと思えば、見事に風の拘束から抜け出したのである。
ザっと地面に着地したジャッカロープは鼻息荒く、私たちを見上げて睨みつけてきた。
「……ど、どうするの、ヒサギさん!」
「も、もっかい風の魔法を――!」
なんて会話をしている間に、ジャッカロープはくるりと身をひるがえすと、山の中を一気に駆け上がって行ってしまう。
「あぁっ、逃げちゃう! 追いかけなきゃ!」
ヒサギさんはそう叫ぶと、ジャッカロープを追いかけて、ダッと山の中へと駆けだした。
「えっ、あっ! ま、待って、ヒサギさん!」
私も慌ててヒサギさんを追いかけて、山の中へと、足を踏み入れたのだった。