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“絶対に防げないし――絶対に逃げられない”
これ程の質量の力を前に、誰がそれを疑おうか。
迫りくる緋竜の前に、エンペラーは何かしら対応する素振りも見せないが、それもその筈。この圧倒的な力の前に対応等、出来よう筈も無い。
彼はこのまま脆くも打ち砕かれるのみ――だったが。
「フフ……」
その口許から洩れる微笑――
“神露――蒼天星霜”
『――えっ?』
全員が確かに見た。緋竜が激突する瞬間、彼の――エンペラーより一瞬何かが光ったのを。
そしてそれは蒼白い光の奔流となり、辺りを包み込む。
――その直後だった。何が起こったのかは分からない。
「――ぐあっ!!」
時雨は血まみれになりながら、地に叩きつけられていた。
“なっ……何だ? 何が起きやがった?”
全身を走る激痛の中、時雨は今起こった事に苦悩する。
エンペラーに向かっていった緋竜は――何時の間にか消えている。彼は何事もなく立ちはだかっていたから。
代わりにこの一帯は、真っ白な迄の極寒の氷に覆われていた。
そして自身を被う無数の傷口が、凍結により固まって動けなくなっていく。
これがエンペラーの特異能の力で在る事は理解出来た。だがそれにしても能力の次元が違い過ぎた。
「くっ!」
そういえば雫はどうなったと、時雨は固まりつつある氷を拳で壊しながら辺りを伺う。
「おっ――おい雫!」
時雨は思わず叫んだ。雫は――背後に居た。
彼は悠莉とジュウベエを庇うように、その背に多大な損傷を遺してうつ伏せに倒れていたのだった。
「うぅ……ゆ、幸人お兄ちゃん?」
悠莉には何が起きたのか分からない。ただ目の前が光った次の瞬間には、意識が一瞬途切れた。
気付いた時には、幸人が自分を包むように覆い被さっていた。
――あの瞬間、雫は背後の悠莉に被害が及ばぬよう、自分の身を挺して彼女の保護を最優先していたのだ。
「ぐっ……大丈夫か?」
雫の意識はある。だが損傷は甚大なもの。背中に負った無数の裂傷からは凍結が始まっていく。
「ちっ!」
何か別の類いの力に依るものなのか、相殺しようとするも上手くいかない。
「おい、しっかりしやがれ!」
時雨が発破を掛けるが、生憎揃って満身創痍だ。
「いやぁ――素晴らしい御互いの力だったよ」
エンペラーは相変わらず丸腰のまま、讃えながら倒れた二人の下へゆっくりと歩み寄っていく。
「だが――“この程度”で私に勝てる夢を見ていたのなら、思い上がりも甚だしい」
歩みを止め、笑顔を崩さないが冷たく言い放つ。
「ぐっ!」
やはり次元が違い過ぎる。分かっていた事とはいえ、時雨は改めて彼との差を痛感していた。
「さて、少しは自分の分際を知っただろう? これ以上は時間も命も無駄というもの。さあ……大人しく私と共に。その為に敢えて加減したのだからね」
「なっ!」
“あれで手加減……だと?”
融合異能を一瞬で打ち消して尚、ここまで力を届かせてだ。
その事実がより彼等を絶望へと塗り潰していく。
エンペラーは再度、彼等へ追従するよう促していた。
「へっ、誰が!」
気丈にも時雨は否定で吐き捨てる。これ程の力の差を見せ付けられても、彼の芯は揺るがなかった。
「あれ? 君は意外にも賢いから理解出来たと思ったのだが……幸人、君もかい?」
エンペラーは意外そうに、今度は幸人――雫へと向ける。
「何時までも気安く、人をファーストネームで呼んでんじゃねぇぞ」
雫は悠莉を庇いながら、自身を被う氷を壊しながら否定した。
「俺はテメェを許さねぇ。自分の糞みたいな目的の為に、かつて慕った者達を殺したテメェはな! 勝弘まで巻き込みやがって……」
雫は許せないのだ。かつて慕った者が変わってしまった事に。例え力及ばずとも、このまま懐柔される訳にはいかない。
「何を言っているんだい“幸人”。コード『デビル』――彼を殺したのは君だろう?」
「ぐっ!」
――確かにそうだ。勝弘――コードネーム『錐斗』、ネオ・ジェネシスではコード『デビル』とされた彼が死亡した原因となったのは、紛れもなく幸人本人によるもの。
エンペラーは尚も続ける。
「君は彼の気持ちを踏みにじったんだよ幸人。言わなかったかい? 彼は危険を犯してまで、君と共に歩もうとした――君を殺させない為に」
幸人を責めながら、何処か哀しそうに。
「…………くっ」
雫には返す言葉もない。自分は間違っていたのか――否、『ネオ・ジェネシス』が正しい筈がない。
「それに――コード『デビル』、彼は私の『創主直属』であり、最も信頼を置いた片腕だった。その償いはせねばならない……幸人、君には義務があるんだよ。彼の代わりに私の下へ来るという――ね。勿論時雨、君もだよ」
エンペラーの言っている事は、ある意味正論かもしれない。だがそれでも――
「……俺はお前の下へはいかない。あいつらの為にも!」
幸人の――雫の答は変わらない。このままではかつての親友、同僚達の死が無駄になるからだ。
「まあそういうこった。俺はコイツとは違うが、アンタの下なんてゴメンだね。俺を下に出来るのは――琉月ちゃんだけだ」
時雨も――雫も再び立ち上がる。既に満身創痍でも、気持ちはまだ折れていない。
「やれやれ……。ではもう少し、絶望が必要かな?」
そんな彼等をエンペラーは面倒臭そうに、だがそれでも構えは見せない。
「くっ!」
二人は即座に迎撃態勢を取る。
――それにしても『エンペラー』だ。
この氷から彼の力は雫と同じもの。それでも一体何時発動したのか、時雨にはその瞬間さえも見えなかった。
それに融合異能を打ち消して尚、ここまでの破壊力。これが氷だけの力とは到底思えない。
“何か別の力が!?”
有り得ない話ではない。
かつてはSSS級だった者。それが雫と同じ特異能――『無氷』のみで、こうまで差がつくものではないと。
“氷の異能は自分の真の力を隠す為の、カモフラージュの一つではないか?”
異能は制限により一つしか持てない以上、それは考え難いが『エンペラー』と『SSS級』の彼に常識は当てはまらない。
なら何か具現化系か何かか――
「具現化系ではないよ時雨」
「――うっ!?」
時雨は驚愕に立ち竦む。まるで心を読まれたかのよう突かれたからだ。
「中々の推測だけど、ただ単に君達が“見えなかった”だけだよ」
エンペラーのその一言だけで、場を凍りつかせるには充分だった。
「普段は目立つから異空間に偽装し、背景と同化させているだけ。カモフラージュの意味も兼ねて……ね」
「…………?」
エンペラーは左掌を広げて見せる――が、やはり何も無い。
「違う時雨! そいつの得物はっ――」
叫んだ雫は何かを知っていた。かつて彼に師事していたのだから当然だろう。
だが知ってて尚、それは防げない――とも取れた。
それは今まで目の錯覚だったのか、エンペラーの左手にうっすらと――そして鮮明になっていく。
“刀だとっ――!”
ようやくはっきりと見えた。エンペラーの左手には、白鞘白柄の日本刀が添えられていた。
「これが私の唯一の専用武器。本来存在しない幻の名刀――“雪一文字”。まあ分かった所でどうにかなるものでもないのだけどね」
エンペラーは右手を柄に。刀身を抜くつもりだ。
“やべぇ!”
時雨は一瞬で理解し、危機感を覚えた。
彼の――エンペラーの力は異能現象と、物理現象の高度な融合であった事を。
「おい! もう一発来るぞ、気張れや!」
先程の融合異能を一瞬で打ち砕いた『氷の斬撃』が来ると懸念した時雨は、防御態勢を取るよう促す。
“ブラッディ・アーマー・オーバーシールド展開”
時雨が両手を突き出した瞬間、彼の全方位が赤い光幕で覆われた。
死海血で造られた血水の盾。雫の極零鏡面反射と双璧を成す、時雨の絶対防御障壁。
それに対し、雫は悠莉を庇う事を選んだ。
恐らくこの力の前では、防御は無意味と判断。なら耐えられないであろう悠莉は庇い、己が耐えるしかないという選択。
「――無駄だよ無駄。そんな陳腐な防御幕で私は止められない」
エンペラーの言う通り、例え雫が防御に廻っても、単体で繰り出す凡そ五倍もの密度を誇る融合異能が、彼の前に造作もなく破られた以上、下手な防御は無意味に等しい。
「くっ!」
マグナム弾はおろか、大陸間弾道ミサイルさえも通さない己の絶対防御壁が何と頼りない事か。時雨は苦虫を噛み潰すが、かといって避ける事も出来そうもない。
「下手をすれば次は死ぬかもしれないね……。気を付けるつもりだが、その時は済まない」
エンペラーの鯉口から放たれる蒼白い輝きは――極零の斬撃。
“神露(かむろ)蒼天星霜――”
誰もが死を覚悟した――が、何処かおかしい。
「……――っ!?」
それは時間にして刹那の間だが、何時まで経っても己の身にそれが降りかかって来ない事を。
見るとエンペラーは鯉口を切ろうとしたままだ。
“わざと止めた?”
――と思われたが、違う。それは彼の怪訝そうな表情でも明らかだった。
エンペラーは止めたのではなく、何かに止められていたのだ。