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“抜けない……これは一体?”
エンペラーは己の意思とは裏腹に、刀身が抜けない事を流石に怪訝に思う。
刀身と鞘は何か“物理的”な力で阻まれている。
幸人か――それとも時雨のどちらかと思ったが、どうやら違う。
ならばあの少女――悠莉か。エンペラーは視線を彼女に向けるが、幸人に庇われて怯えている表情しかない彼女の仕業とは到底思えなかった。
“ならば何故私が止められた? そんな事が出来る者は――!”
エンペラーは気付いた。極めて視覚も朧だが、刀身の結合部に何かが巻き付いていたのを。
「なるほど……君か?」
全ての原因を理解したエンペラーは、視線を上に向けた。彼等も釣られて上に向ける。
「――っ!!」
其処には立体駐車場の鉄筋の上に佇む何者かの姿が。
「えっ?」
“ルヅキ? で、でも……”
悠莉にはその者が琉月に見えた。てっきり彼女が助けに来てくれたものだと思ったが、何処か違う。
特長的な赤い瞳や、長く艶やかな黒髪は正に琉月のそれだが、何より――服装が違う、体格が違う、性別が違う。
「意外と早かったね……“SS級”エリミネーター『薊(アザミ)』?」
エンペラーはそう、狂座SS級最後の一人のコードネームを投げ掛けていた。
「薊ぃ!? お前一体何時っ――」
その者へ意外そうに声を張り上げたのは時雨だ。
「薊……帰ってきてたのか」
雫もそう、彼の突然の登場に驚きを隠せない。
「じゃあ、あの人がルヅキのお兄ちゃん!?」
何より驚いたのは悠莉だった。琉月にSS級の兄が居る事は知っていたが、実際に面識は無かった。
それもその筈。SS級エリミネーター、コードネーム『薊』。彼は他二人とは違い、主に世界各国を股に駆けて暗躍しており、日本の地を踏むのは実に久方ぶりの事。
「ホントそっくりだわ……」
悠莉に抱かれたジュウベエも、彼の姿にそう唖然と。その性別違いの双子なのか、一目しただけでは見分けが付かない程、琉月と瓜二つだった。
帰国して間もないのか急遽駆け付けたのか、彼は黒のビジネススーツのままだ。
「……久しいな二人共――と言いたい所だが、積もる話は後だ」
彼――『薊』は彼等に一瞥しただけで、エンペラーへと矛先を向けたまま。
「先ずは奴を仕留める――確実に」
当然、狂座のSS級エリミネーターで在る彼が此所に赴いた訳は、エンペラーを仕留めに来た以外に無い。
「観念するんだな雪夜――いや、今は『エンペラー』か。解ってると思うが、一度捉えた以上、俺の“刃鋼線”は絶対に斬れない……」
エンペラーの刀身に巻き付いたもの。そして彼の周囲に張り巡られていたのは、幾多もの目視も困難な鋼線だった。
エンペラーの技を止めたのは、これだったのだ。
勿論、これが只の鋼線である筈がない。
“刃鋼線”
それは目視も困難な程に細く、鋭利に研ぎ澄まされた鋼線。
SS級エリミネーター『薊』の操る刃鋼線は、その特殊な素材と本人自身の力により、桁外れの硬度と威力――そして不明瞭な迄の伸縮性を誇り、その切れ味は鋼鉄すらも豆腐の如く分断する。
薊は両の指で、それら全てを器用に操っている。エンペラーを包囲したその線群は、下手に動けば五体を容易く分断する事だろう。
「――いやぁ、私とした事が油断してしまったよ。君の接近に気付かなかったなんてね」
一瞬で窮地とも云える状況に立たされたエンペラーは、素直に薊のその戦略を讃えた。
薊はエンペラーが攻撃に移る、そのほんの僅かな一瞬の隙を伺っていたのだ。その事に関しては、素直に認める以外あるまい。
「――で、まさかと思うが、これで私を本気で倒せるとでも?」
武器を封じられ、動く事さえままならなくて尚、エンペラーは余裕の態度を崩さなかった。
「フン……確かに俺一人では、お前には到底及ぶまい」
薊もそれは充分に理解していた。隙を突いても、それでもエンペラーを仕留めるには至らない事を。
薊は視線を目下の雫と時雨に向ける。
「へっ……全く、美味しい所を持っていきやがって」
「そう言うな。これ以上の好機は無い」
二人にもその意味に気付いた。
時雨は両手に『血の刃』を。雫はその手に『絶対零度』を発現し、エンペラーへとその矛先を向けていた。
「覚悟するんだな。いくらお前でも、SS級三人を同時相手に只で済むとは思うまい?」
つまりは三人同時による、エンペラーへの一斉攻撃。
薊がエンペラーの動きを止め、雫と時雨が同時に止めを刺す。戦略としてこれ以上は無い。
三人で一人をなぶり殺し。一見卑怯とも云えなくもないが、この状況に於いてそれは当たらない。
先ずは確実に仕留める事を最優先とする。これは決闘ではないのだ。
「確かに……毛利の三本矢ではないが、君達三人同時相手ともなると少々厄介かな?」
エンペラーは自分の不利を認めた。だがそれでも感じられる、この余裕はどうだろう。
「根拠のねぇ強がり言いやがって。この傷の借り、万倍にして返してやんぜ」
この態度に勘が障った時雨は吐き捨てながら、今にも襲い掛からんとしていた。二つの血の刃が鞭のようにしなり、血を求めて渦巻いている。
「…………」
雫も同時に狙いを定める。
だが彼は嫌な予感が拭えなかった。
エンペラーの事は自分が誰よりも知っている。特異能の使い方、その全てに至るまで教え込まれたのは、他でもない彼からだったから。
確かにエンペラーの最大の武器は封じた。だが果たしてそれだけで勝てる程、甘いものだったか――と。
“何か重大な事を見逃している”
それが何かは分からなかったが、この状況はまたとない好機に違いないのも確か。
今まさに決着の間際。その時の事だった。
それは状況に突如として入り込んだ、彼等以外の何者かの気配。
「――っ!?」
その足音に緊迫した状況が一瞬、気を削がれた。
薊――“ちっ! こんな時に……”
時雨――“一般人かよ!?”
二人の気が削がれたのも当然。表からの侵入に気付かなかった。目撃されたのだ現場を。
“嘘……何でこんな所に?”
悠莉も第三者の姿に思わず目を見張る。当然幸人も。
“何故此所に居る? こんな時に――”
「亜……美?」
表からの侵入者は状況が掴めず立ち竦む、唖然とした表情の亜美の姿が其処に在った。
「幸人……さん?」
亜美には『雫』が幸人なのは分かる。悠莉も居る事で見間違う筈もない。
だがこの状況はどういう事だろう。
二人以外の全く見知らぬ、普通ではない者が複数。
亜美は言葉を失った。失うしかない。
――それは視線が亜美へ向いてより、時間にしてほんの刹那の間の事。
各々の気が一瞬だけエンペラーより離れた、その次の瞬間には状況が一変する。
「フフ……」
エンペラーの口角が不敵に吊り上がった。
「――はっ!」
その瞬間の事は誰も気付かなかった。だが雫だけは気付いた。
この拭いようのなかった違和感。その本質に――エンペラーの狙いに。
雫しか気付けないのも当然。これは自身もよく知るもの。
それでも間際まで気付けなかった。空間が“あるもの”で満たされていた事に。
「伏せろぉぉぉ!!」
雫が叫んだ頃にはもう手遅れだった。
「はぁ?」
「何っ!?」
――瞬間、目も眩むような閃光と共に、この一帯は大爆発で包まれていた。