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如月 未澄斗
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#刑事もの
鬼霧宗作
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第1話 容疑者・橋本優太
午後五時四十分。
雨が降る街を、パトカーのサイレンが切り裂いていく。
刑事・坂田宏は助手席で大きく欠伸をした。
「平和だなぁ」
運転席の後輩刑事・藤堂が笑う。
「その台詞、事件が起きる前振りみたいなんでやめてくださいよ。」
「刑事ドラマの見すぎだ。」
「坂田さん、昨日も徹夜だったんでしょ?」
「ああ。」
「寝てくださいよ。」
「寝ようとすると電話が鳴る。」
「それは運が悪いだけです。」
二人は笑った。
その時だった。
無線機が甲高い電子音を鳴らす。
『中央公園。少女三名が倒れているとの通報。応答願います。』
笑顔が消えた。
坂田は無線を掴む。
「坂田だ。現場へ向かう。」
パトカーが急旋回した。
⸻
中央公園。
規制線の向こうでは野次馬がざわめき、制服警官が慌ただしく走り回っていた。
夕焼けだった空は、いつの間にか灰色の雲に覆われている。
「刑事さん!」
若い警官が駆け寄る。
「被害者は中学生と思われます。三名とも死亡が確認されました。」
坂田はブルーシートの前で立ち止まる。
一枚。
二枚。
三枚。
小さな靴だけが、シートの外に見えていた。
「……」
藤堂が息を呑む。
「全員、同じ学校の制服です。」
「目撃者は?」
「今、確認中です。」
坂田は周囲を見渡した。
争った形跡は少ない。
バッグもそのまま。
財布もある。
怨恨か。
それとも――。
⸻
翌朝。
捜査本部。
「目撃証言が出ました。」
ホワイトボードに一枚の写真が貼られる。
制服姿の少年。
「橋本優太。十五歳。」
坂田は写真を見る。
どこにでもいそうな中学生だった。
「事件直前、この公園で被害者三人と口論していたそうです。」
「本人は?」
「現在、自宅です。」
「行こう。」
⸻
橋本家。
玄関を開けた母親は、ひどく疲れた顔をしていた。
「警察です。」
「……はい。」
「橋本優太くんは?」
「部屋にいます。」
階段を上る。
ノックをすると、中から小さな声が返った。
「どうぞ。」
部屋は綺麗だった。
本棚。
勉強机。
窓際には観葉植物。
少年は静かに椅子へ座っていた。
「橋本優太くんだね。」
「はい。」
「少し話を聞かせてほしい。」
少年は黙って頷く。
抵抗はしなかった。
⸻
パトカーへ乗せられる時。
橋本優太は小さく呟いた。
「……またか。」
坂田の耳が、その一言を捉える。
「また?」
優太は何も言わない。
ただ窓の外を見ていた。
坂田は違和感だけを胸にしまった。
⸻
警察署。
取調室。
カツン、と時計の秒針だけが響く。
坂田は机を挟み、橋本優太を見る。
「事件について話す前に、簡単な質問をする。」
「はい。」
「好きな食べ物は?」
沈黙。
「……分からないです。」
坂田はペンを止めた。
「嫌いな食べ物は?」
「分からないです。」
「趣味は?」
「分からない。」
「ふざけてるのか?」
「違います。」
「………」
「分からないんです。」
優太の表情は変わらない。
本当に困っているようにも見えた。
坂田は質問を変える。
「友達は?」
「……分からない。」
「学校は楽しいか?」
「分からない。」
「将来の夢は?」
「分からない。」
全部同じだった。
演技には見えない。
だが、何かがおかしい。
⸻
「医師の診断書です。」
藤堂が資料を机へ置く。
坂田は目を通した。
そこには一行。
『解離性同一性障害(多重人格)が疑われる。』
坂田は顔を上げる。
「いつからだ。」
「物心ついた頃には。」
優太は静かに答えた。
「覚えている限り、ずっとです。」
「人格はいくつある。」
「分かりません。」
「自分以外を知っているのか。」
「……あまり。」
また曖昧な返答。
坂田は資料を閉じた。
⸻
取調室を出ると、廊下には母親が立っていた。
目を赤く腫らしている。
「お母さん。」
「はい……。」
「優太くんは昔から、ああなんですか。」
母親は小さく頷いた。
「あんな感じですが……。」
一度言葉を切る。
「あの子、人を殺すような子じゃないんです。」
坂田は母親を見つめる。
その言葉はどこか引っかかった。
しかし今は、それ以上聞く時間はなかった。
⸻
再び取調室。
坂田は椅子へ腰掛ける。
「最後に聞く。」
優太はゆっくり顔を上げた。
「君が、公園で亡くなった三人を殺したのか。」
長い沈黙。
時計の針だけが進む。
やがて少年は、小さく首を横へ振った。
「……僕は、やってません。」
坂田は静かに立ち上がり、取調室を後にした。
廊下へ出ると、藤堂が待っていた。
「どうでした。」
「何も話さない。」
「というより、本当に知らないように見える。」
藤堂は資料を抱えながら尋ねる。
「これからどうします?」
坂田は腕を組んだ。
「証拠を集めるしかない。」
「ただ、一つ問題がある。」
「問題?」
「橋本を拘束していられる時間には限界がある。」
藤堂は小さく頷く。
「拘留期限ですね。」
「ああ。」
「逮捕から最長二十三日。」
「その間に証拠を掴めなければ。」
「橋本は釈放される。」
坂田は取調室の扉を見る。
「二十三日。」
「その間に。」
「橋本優太の中に隠れている真実を見つけ出す。」
藤堂は真剣な表情で頷いた。
「時間との勝負ですね。」
「ああ。」
「もう、時計は動き始めている。」
コメント
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寺島あおいです🌷 第1話、一気に引き込まれました。冒頭のパトカーと欠伸の対比から、一転して少女たちの遺体。“分からない”を繰り返す橋本優太の不気味な静けさに、何よりゾッとしたのは最後の「……またか」です。あの一語で、彼の内側にどんな闇や記憶が沈んでいるのか、いてもたってもいられなくなりました。23日という期限も、物語にリアルな切迫感を与えていて素晴らしい。続きが気になって仕方ないです!