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夜。机に向かっても、文字が頭に入らない。
ペン先が止まるたびに、静寂の中で心臓の音だけが響く。
──また今日も、何もできなかった。
窓の外では、風がカーテンを揺らしている。
遠くで笑う声がして、それが幻聴のように教室の残響を連れてくる。
空の弁当箱、笑い声、目を伏せた遥。
それらが頭の奥で何度も反芻される。
あの時、手を伸ばせば何か変わったのか。
そう思うたび、胸の奥で何かが掴みかけては、溶けていく。
何もしていないくせに、罪悪感だけが残る。
その感情の形を、もう自分でも区別できない。
ふと、昼間の蓮司の笑いを思い出す。
あの軽さの裏にあるものを、自分は見抜けなかったのか。
それとも、ほんの一瞬、
“羨ましい”と思ってしまったのか。
彼はいつも、堂々としていた。
誰かを踏みつけても、笑っていられる強さを持っていた。
自分にはなかった。
だから、恐ろしいのに、惹かれてしまう瞬間がある。
──自分の弱さを、理解してくれる人間なんていない。
けれど、あの嘲笑だけは、何かを知っている気がした。
それが歪みだと分かっている。
けれど、その歪みの中でしか、自分の居場所を探せない。
机の上には、あの日拾ったノートの切れ端がある。
“ごめん”の一文字。
もう誰の文字かは、見なくても分かる。
遥は、まだ耐えている。
地獄の真ん中で、何も言わずに立ち続けている。
その姿を思い出すたび、息が詰まる。
──あいつを守るなんて、もう言えない。
──けれど、放っておくことも、できない。
ペンを握る指先が震える。
書こうとした言葉は、途中で途切れた。
“もう一度”と書きかけて、線を引く。
その下に、“見てる”とだけ残した。
風が、カーテンを揺らす。
月明かりが机を照らして、
その白さがやけに冷たい。