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夕焼け染まる廃ビルの四階、俺はそこに一人立っていた。
爆弾魔が指定した時間よりも早く着き、念のため爆弾が仕掛けられていないか確認をする。今のところは見当たらず、俺はひび割れた地面から生えた一輪の花を見つけた。
「こんな所にはえんのかよ……」
日も当たらなければ、水もないなのに花はそこに気高く咲いている。以前神津が俺にくれた花にそっくりだと思ったが、色が白ではなく紫だった。少しみすぼらしさはあるものの、そこに孤独に咲いている姿に、俺は心を惹かれた。
(何だったか……神津が何かいってたよな、ハルジオン? に似た花が……)
そう思って花に触れようとすれば、コツ、コツ……と足音が聞え、俺は手を止め足音が聞えてきた暗闇を見つめた。
現れたのは、黒いズボンに、黒い靴、黒いフードを目深に被った男か、女かも分からないような奴だった。体格は女性っぽく、華奢でそこまで背が高くないような印象を受ける。
(こいつが……)
俺は警戒心を解かず、一定の距離を保ちながら爆弾魔と対峙する。
「遅えじゃねえか。お前から俺を誘い出したんだ。1時間前ぐらいにはきてろよ」
と、俺は挑発するように言ったが、爆弾魔は何も答えなかった。
カァ、カァ……と外からカラスの鳴き声が聞えるばかりで、俺たちの間には静寂が流れる。
全く何のために呼び出されたのかと、苛立ちが募ってきた時、ようやく爆弾魔が動いた。
「明智春探偵、初めまして。私は、貴方が憎くてたまらない、殺したくてたまらない相手です。爆弾魔と、巷では騒がれているようですね」
と、機械的な声が響く。
「ああ」
「私の名前は――」
「名乗らなくていい。どうせ、お前は捕まるんだからな」
俺は、素早くホルダーから拳銃を取りだして、その銃口を爆弾魔に向けた。
これは単なる威嚇である。だが、弾は込めてあるためいつでも発砲できる状態だ。
人に拳銃を向けたことはあってもそれを撃ったことは一度もなかった。全て話し合いで解決しようとしていたからだ。拳銃などただの護身用だと、使わなくて良いものだと思っていた。持っているだけで威圧感があり、抑止力になる、ただそれだけの道具。
銃口を向けられても爆弾魔はピクリとも反応はしなかった。
さすが、マフィアと繋がりがあるだけあってこれぐらいでは動揺しないかと、俺は拳銃を握る力を強めた。
「まあ、時間はあるのですから、ゆっくり話しましょう」
「話し合いだ? ちょうど俺も話が聞きたかったところだ、何から話してもらおうか」
俺がそう言えば、爆弾魔はクスリと笑った気がした。
「ほんと、私を殺したくてたまらないって顔してますね。そういう顔、嫌いじゃないですよ」
と、爆弾魔は機械音声で変えた声で淡々と喋る。でも何処か楽しそうで、俺を見下さしているようにも感じた。
きっとこれまでの爆破事件も、そんな風に被害者達を見下してきたんだろう。
何が面白いのか、どういう理由で事件を起こしたのか……聞きたいことは沢山あった。
だが、こいつと話し合いで解決できるのだろうかという不安が過る。いや、きっと無理だろう。
なら、もうこの場で捕まえた方が良いんじゃないか……そう思ったが、こいつが本当に爆弾を仕掛けていない保証はない。下手には動けない。
「俺はこんなにも素顔を晒してんのに、お前は晒さないんだな」
「シャイなので」
「んな風には見えねえな。これまで沢山、いろんな所爆破させてきて……本当は目立ちたいんじゃないのか?」
そういえば、爆弾魔は「はて?」と首を傾げた。
どうやらその想像は間違っていたようだ。なら、どういった理由で……と、俺が銃口を向けたまま待っていれば、爆弾魔はゆっくりと口を開いた。
「目立ちたい、面白いことを言いますね。私は、そんな理由で行動はしていませんよ」
「なら、どういった理由があるんだよ」
「そうですね、まずそれを話す前に、今回貴方をここに呼び出した理由からご説明しましょうか?」
爆弾魔はそう言うと、顔の見えないフードの奥で笑った気がした。
不気味且つ不愉快で、背筋に悪寒を感じる。
気持ちを抑え、俺は平然を装う。爆弾魔は、俺の心情を察してか、また小さく笑うと言葉を続けた。
「今回私が貴方をここに呼び出した理由は、貴方を殺すためです。明智春探偵」
「……だと思ったよ。じゃなきゃ、わざわざ指名してまで俺を呼び出さねえだろうよ。だが、俺はお前の顔を知らない。そのまま逃げていれば良いものの……俺に敵を取るチャンスまで与えて」
「知っていてくるとは、本当に馬鹿なんですね」
と、爆弾魔は嘲笑った。それに俺は苛立ったが、ここで感情的になっては駄目だと、深呼吸をする。
そして、冷静に爆弾魔を見据えた。
こいつが俺を殺したいというのは分かっていたが、何故なのか……それが分からなかった。
もしかして、あの時殺したかったのは俺だったのではないかと。それが、手違いで神津が……
(どんな理由があっても、許せることではないな)
犯罪者の気持ちなんて分かりたくもない。寄り添おうと思ってもあちらから、俺たちを拒絶してくるのだ。初めから話し合いなんて無駄だったのかも知れないと。三年前の事件を順番に思い出す。しかし、後悔してももう遅い。それに、それが俺だったのだ。犯人を殺さず、自首を勧めて、人の命を優先する。それが、俺の理想としていた警察の姿だった。
「半年前ですかね、ジュエリーランドでの爆破事件……あの時殺したかったのは貴方の方でした。しかし、貴方の恋人が私の仕掛けた罠にかかった。そして、吹き飛んだ」
「…………」
「まあ、計画が半年後になっただけです。どちらせよ、どっちも殺す気でいましたし、神津恭の方を相手にする方が面倒くさそうでしたからね」
そう言うと爆弾魔は肩をすくめた。
半年前の爆破事件。今でも鮮明に思い出せる。
木っ端微塵に吹き飛び、黒煙を黙々と上げるプラネタリウムの様子を。爆発の音を。全て。
「お喋り、嫌いなようですので、早速始めましょうか。どうも、私は近接戦が苦手なので、お手柔らかに」
爆弾魔は笑いながら、指を鳴らすと建物全体がグラグラと揺れだした。火薬の匂いがフロア一杯に広がり、俺は口と鼻を覆う。
「少し、楽しみにしていたので、私のこと楽しませて下さいね。明智春探偵」
そう言って笑った爆弾魔は、灰色の煙の中に消えていった。