テラーノベル
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モンゴリア軍が、両側を高地に挟まれた狭い地帯へ入ったところで――。
グユグは、突然進軍を止めさせた。
「止まれ!」
号令が飛び、先頭を進んでいた騎馬隊が次々と足を止める。
グユグは左右の高地を見上げた。
しばらく地形を眺めたあと、口元をわずかに歪める。
「……ここだな」
敵が仕掛けるなら、ここしかない。
グユグはすぐに命令を下した。
「中央前列、下馬!」
騎兵たちが一斉に馬から降りる。
盾を持った兵を前へ出し、その後ろに弓兵を並べる。
「両翼は騎馬のまま展開せよ!」
左右には騎兵が広がっていく。
長く伸びていたモンゴリア軍の隊列も、後方から続々と追いつき、
少しずつ戦闘のための陣形へと組み替えられていった。
その時だった。
「放て!」
高地から、ガイロの声が響いた。
次の瞬間――。
左右の丘。
そして正面。
三方向から、一斉に矢が降り注いだ。
空が黒く染まる。
「来たぞ!」
モンゴリア兵が叫ぶ。
矢が盾に突き刺さり、馬が嘶いた。
だが、グユグは動じない。
「射返せ!」
前列の弓兵が一斉に弓を引いた。
続いて両翼の騎馬隊も、高地へ向かって矢を放つ。
谷間を挟み、
上からはガイロの軍。
下からはモンゴリア軍。
無数の矢が互いの頭上を飛び交った。
こうして、待ち伏せから始まった戦いは――。
瞬く間に、激しい射撃戦へと変わった。
三方から包囲した。
本来ならば、それだけでグラツィア軍が圧倒的に有利になるはずだった。
だが――。
敵は崩れない。
高地から矢を浴びせても、モンゴリア軍は盾を並べ、騎兵を動かし、
すぐさま射返してくる。
中央。
左翼。
アドラル皇国
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#日常
寿命㌫(主) 🔮🖤ᩚ
2,231
右翼。
すべての戦線で激しい攻防が続きながらも、戦況は一進一退だった。
「くそっ……!」
ガイロは歯噛みした。
三方から攻めている。
地形もこちらが有利。
それなのに、押し切れない。
一方――。
モンゴリア軍の本営にも、絶え間なく矢が飛んでいた。
護衛兵たちが盾を掲げる。
その盾に、次々と矢が突き刺さる。
だが、その只中で。
グユグは静かに戦場を見ていた。
左右の丘。
正面の敵。
兵の数。
矢の密度。
部隊の動き。
それらを順番に眺めていく。
やがて、ぽつりと言った。
「……敵左翼が弱い」
側近が振り返る。
「は?」
「右翼へ戦力を集めろ」
グユグは即座に命じた。
「敵左翼を押し潰す」
そして右手を大きく旋回させる。
「そのまま右へ回り込め」
「中央と右翼の間へ食い込み、敵陣を分断する」
側近たちが息を呑んだ。
三方から包囲されているというのに。
グユグは、防ぐことなど考えていなかった。
敵の包囲陣そのものを――。
内側から崩そうとしている。
「行け!」
号令とともに、モンゴリア軍右翼の騎兵が一斉に動き出した。
戦力が集中する。
矢を射ながら前進し、敵左翼へ圧力をかける。
グラツィア兵が押され始めた。
一歩。
また一歩。
そして――。
その綻びを、グユグは見逃さなかった。
グユグの戦場を見る眼は、群を抜いていた。
「モンゴリア軍は、やっぱり強いね」
サイラスは戦場を見つめたまま言った。
「練度といい、連携といい」
高地から矢を浴びせられながらも、敵軍は乱れていない。
前衛は盾を並べ、後方の弓兵は間断なく射返す。
右翼では、すでに騎兵が大きく動き始めていた。
「それと」
「それと?」
隣にいたユンナが聞き返す。
サイラスは、わずかに目を細めた。
「敵将の判断もいい」
包囲されている。
地形も不利。
それでも守ることだけに徹しなかった。
こちらの薄いところを見つけ、そこへ即座に戦力を集中してきた。
「ガイロ将軍に連絡」
「はい」
「左翼に予備戦力を投入して」
ユンナが伝令へ合図を送る。
ほどなく、後方に控えていた部隊が左翼へ向かって動き始めた。
サイラスはその様子を確認すると、再び敵陣へ目を戻した。
(はてさて……)
グユグの軍は、なおも圧力を強めている。
(予想以上に強い)
サイラスは腕を組んだ。
(どうしたものか)
その顔に焦りはない。
ただ――。
少しだけ、楽しそうだった。
サイラスもまた、静かに戦場を見つめていた。
「我が軍右翼、敵を押しております!」
伝令の報告に、副官たちの顔が明るくなった。
「このまま進めば、敵軍を包囲できまするな!」
だが――。
グユグは、さも当然という顔をしていた。
驚きもしない。
喜びもしない。
ただ戦場を眺め、鼻で笑う。
「当然である」
「は?」
グユグは、三方を囲むグラツィア軍を見渡した。
「奴らは、我らを包囲したつもりなのであろうな」
左右の高地。
正面の敵。
確かに、見た目だけならモンゴリア軍は三方から囲まれている。
「だが――」
グユグの口元が吊り上がった。
「包囲というものは、敵を囲めば終わりではない」
副官が黙って聞く。
「囲んだ側の一角が崩れれば」
グユグは敵左翼を指した。
「今度は、その突出した兵が取り残される」
モンゴリア軍右翼は、すでに敵左翼を押し込み始めている。
さらに前へ出れば、そのまま敵の側面へ回り込める。
「このままでは――」
グユグは笑った。
「包囲されるのは、奴らの方ぞ」
副官たちが戦場を見た。
敵は三方から攻めている。
だが、その陣形は大きく広がっている。
一角が破られれば、各部隊の連携は途切れる。
そして、その隙間へ騎兵が流れ込めば――。
敵の包囲陣そのものが、逆に分断される。
「右翼を止めるな」
グユグは命じた。
「そのまま押し切れ」
「敵左翼を潰し――」
鋭く右手を振った。
「後ろへ回れ」
「なに、予備兵力を左翼へ入れろと?」
伝令の報告を聞くと、ガイロは即座に決断した。
「分かった」
そして、周囲の将兵を振り返る。
「左翼の応援には、俺が行く」
「将軍自らですか!?」
「ああ」
ガイロは敵右翼を見据えた。
すでに味方の左翼は押し込まれている。
ここで崩れれば、敵騎兵はそのまま側面へ回り込み、全軍が瓦解する。
「ここを頼む」
それだけ言い残すと、ガイロは馬首を返した。
将帥旗が翻る。
予備兵力が、その後に続いた。
「行くぞ!」
ガイロはそのまま、押し寄せるモンゴリア軍右翼へ突撃した。
敵兵たちが、一斉にこちらを見る。
その視線の先。
高々と掲げられた将帥旗。
ガイロは剣を振り上げ、叫んだ。
「お前たちが探している総司令は、ここにいるぞ!」
馬を駆る。
「命の惜しくない者から、かかってこい!」
敵兵が殺到した。
一人。
二人。
三人。
ガイロは次々となぎ倒していく。
「ガイロ将軍だ!」
「将軍が来たぞ!」
崩れかけていた兵たちの間から、歓声が上がった。
逃げようとしていた兵が踏みとどまる。
盾を構える。
槍を前へ突き出す。
「押し返せ!」
「将軍に続け!」
勢いを失いかけていたグラツィア軍左翼が、再び前へ出た。
つい先ほどまで崩壊寸前だった戦線は――。
ガイロの突撃によって、辛うじて持ちこたえた。
「中央および、我が軍左翼が押されております!」
報告が飛び込み、モンゴリア軍の本営に緊張が走った。
ここまで休む間もなく駆け続けてきた軍である。
戦いが長引くにつれ、さすがのモンゴリア兵にも疲労の色が見え始めていた。
矢を放つ腕が鈍る。
馬の息も荒い。
そして今、中央と左翼がじわじわと押し込まれている。
グユグは戦場から目を離さないまま尋ねた。
「残っている兵は、あとどれほどだ」
副官が答える。
「四千ほどです」
「よし」
グユグは即座に決断した。
「中央へ投入せよ」
「全軍を、ですか?」
「ああ」
グユグは敵中央を指した。
「今がその時ぞ」
副官が息を呑む。
最後の予備兵力。
それを使えば、もう後はない。
だが、グユグの声には迷いがなかった。
「ここを持ちこたえればよい」
そして、後方の街道へ目を向ける。
「まもなく、ブリの歩兵もここへ到着する」
グユグは再び前を向いた。
「それまでぞ」
「それまで、何としても戦線を保て!」
号令が飛ぶ。
最後の四千が、中央へ向かって動き始めた。
「……そうですよね」
「そうなりますよね」
サイラスが、小さく呟いた。
そして、わずかに笑う。
「それを待っていました」
「え?」
ユンナが振り返る。
サイラスはすぐさま伝令を呼んだ。
「最後の予備、三千」
「全部、右翼へ投入して」
「ぜ、全部ですか?」
「うん」
命令が伝わる。
ほどなくして、グラツィア軍右翼に三千の兵が加わった。
それまで拮抗していた戦線が、一気に動き始める。
敵左翼が押された。
一歩。
二歩。
モンゴリア兵が後退する。
だが――。
下がれない。
「えっ……なんで?」
ユンナは思わず、サイラスの顔を覗き込んだ。
「どうして急に?」
サイラスは戦場を見つめたまま答えた。
「敵右翼の攻勢が止まった時点で」
「敵は左翼を下げるべきでした」
「左翼を?」
「うん」
サイラスは指を伸ばした。
「右を攻めても崩せないと分かったなら、無理に全戦線を維持する必要はない」
「左翼を少し下げて、陣形を縮めればよかった」
だが――。
グユグは中央へ四千を投入した。
「中央に兵を入れたことで」
サイラスの指が、モンゴリア軍中央から左翼へ動く。
「この狭い場所では――」
「左翼が下がる道を、自分たちで塞いでしまったんです」
ユンナが戦場を見る。
確かに。
中央には新たに投入された兵が密集している。
その横では、モンゴリア軍左翼が押されていた。
後ろは狭い。
横にも逃げられない。
「じゃあ……」
「うん」
サイラスは静かに頷いた。
「もう、左から崩れます」
その言葉を証明するように――。
モンゴリア軍左翼の一角が潰れた。
押し戻された兵が中央へ雪崩れ込む。
中央の兵が押される。
隊列が乱れる。
さらにその混乱が、隣の部隊へ伝わっていく。
一つの崩れが、次の崩れを生む。
そして――。
連鎖するように。
モンゴリア軍の戦線は、左から次々と崩れ始めた。
「あとは――」
サイラスはそこで言葉を止めた。
ただ静かに、崩れていく敵軍を見つめていた。
コメント
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第30話、読み終えました!アイルジャールの戦い、すごく熱かったです…!特にグユグの戦況を見極める目の鋭さと、三方から包囲されているのに「包囲されるのは奴らの方ぞ」って逆転の発想をする胆力にゾクゾクしました。一方でサイラスも「それを待っていました」と一手先を読んでいて、両将の知略がぶつかり合う展開が本当に面白い。左翼が崩れていく連鎖の描写も克明で、映像が浮かぶようでした。次の一手が気になりすぎます…!