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アドラル皇国
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1,373
#日常
寿命㌫(主) 🔮🖤ᩚ
2,231
「儂は、ここで死ぬ」
グユグは、迫り来る敵軍を睨みながら言った。
「儂の死に場所は、ここぞ」
周囲の諸将が息を呑む。
すでに両翼は押し込まれていた。
右翼も。
左翼も。
じりじりと後退を続け、敵軍は今やモンゴリア軍の側面へ回り込みつつある。
このままでは、包囲される。
一人の将が、馬を寄せた。
「グユグ様!」
「後方には、ブリ様の歩兵三万がございます!」
別の将も叫ぶ。
「まだ戦は終わっておりませぬ!」
「ここで総司令官を失うわけには参りません!」
グユグは答えない。
なおも剣を握り、前方を見据えている。
「司令官を後方へ!」
ついに諸将が命じた。
近習たちがグユグの馬を取り囲む。
「離せ!」
グユグが怒鳴った。
「儂はここで――」
だが、その声を無視するように、近習たちは馬首を返した。
「無礼者!」
「離せと言っておる!」
怒声が遠ざかっていく。
こうしてグユグは、半ば強引に戦場から離脱させられた。
総司令官が退いた。
それを見た兵たちの間に動揺が走った。
そして一度始まった後退は、止めることができなかった。
一隊が退く。
その隣も退く。
やがて、それは軍全体へ広がった。
両翼を押し込まれ、包囲されかけていたモンゴリア軍は、
ついに後方へ向けて敗走を始めた。
その光景を、サイラスは丘の上から眺めていた。
「思うにさ」
ぽつりと言った。
「強すぎたんだと思う」
隣にいたユンナが首を傾げる。
「?」
「ずっと勝ってきた」
サイラスは、逃げていく敵軍を見ながら続けた。
「勝って、勝って、また勝って」
「だから――」
少し考える。
「自分たちが負ける姿を、想像できなかったんじゃないかな」
ユンナは腕を組んだ。
「まあ、最初から負けると思って戦場に立つ人はいないでしょうけど」
「そうだね」
そこでユンナは、ふと思い出した。
「でも軍師様」
「ん?」
「最初、負けるって言ってませんでした?」
サイラスはしばらく黙った。
そして、何事もなかったように答えた。
「そうだね」
戦場へ目を戻す。
「勝っちゃったね」
「……」
ユンナは何とも言えない顔をした。
だが、サイラスはもう笑っていなかった。
敗走するモンゴリア軍。
そのさらに向こう。
サイラスの視線は、後方へ向けられていた。
まだ終わっていない。
敵の後方には――
ブリ率いる歩兵三万がいる。
サイラスは小さく息を吐いた。
「さて」
勝利の余韻など、すでになかった。
「次だね」
「何をしておる!」
グユグの怒声が、本営に響き渡った。
「敵は目の前ぞ!」
敗走した兵をまとめながら、ようやくブリの陣へたどり着いたグユグは、
着くなり諸将を怒鳴りつけた。
「遅い!」
誰も答えない。
「遅い、遅い、遅い!」
グユグは苛立たしげに本営を見回した。
三万の歩兵。
まだ兵はいる。
まだ戦える。
敵も連戦で疲れている。
ここで態勢を立て直せば、まだ終わりではない。
そう思っていた。
だが――。
本営の中央に立つブリの顔を見て、グユグは眉をひそめた。
顔面が、蒼白だった。
「……なんだ、その顔は」
ブリは答えない。
代わりに、その後ろから一人の騎兵が進み出た。
天狼隊隊長。
ウリヤン・カダイだった。
グユグの表情が、わずかに変わる。
カダイはグユグの前まで進むと、片膝をついた。
「グユグ様」
懐から、一通の書状を取り出す。
「大カーンより、御命令書をお預かりしております」
グユグは一瞬、言葉を失った。
だが、すぐに顔をしかめる。
「……今は戦の最中だ」
カダイは黙っている。
「後にはできぬか」
グユグの目が細くなる。
カダイは続けた。
「その戦を、中止せよとの御命令です」
「……なに?」
グユグは怪訝な顔をした。
そして差し出された命令書を、奪うように取った。
封を破る。
読む。
その目が止まった。
もう一度、読む。
「……帰還命令?」
声が低くなる。
「これは……」
書状を握る手に力が入った。
「どういうことだ」
誰も答えない。
グユグは顔を上げた。
「まだ敵は目の前にいる!」
怒声が飛ぶ。
「兵もいる!」
「三万がおる!」
そして手の中の書状を睨みつけた。
「なぜ今、帰れというのだ!」
大カーンの定めた総司令官を侮辱したこと。
その報せは、オゴタイを激怒させた。
かつて父チンギスの死後、
兄弟の争いを誰より嫌ったオゴタイは、
何よりも一族の融和を重んじてきた。
だからこそ――。
自らの息子が、その秩序を乱したことは許し難かった。
たとえ皇子であろうと。
たとえ戦場で功を立てていようと。
大カーンが任じた総司令官の権威を傷つけることは、
帝国そのものの秩序を傷つけるに等しい。
オゴタイは決断した。
グユグを帰還させる。
だが、命令はそれだけではなかった。
征西軍に加わっていた皇族たちにも、
次々と帰還命令が下された。
ただし――。
ジュチ家の者たちを除いて。
こうして、
エウロピアを席巻していたモンゴリア帝国の皇族たちは、
戦の途中で次々と東へ引き揚げることになった。
それは一見すれば、
帝国の内部を正すための命令にすぎなかった。
だが――。
この決断は、
誰も予想しなかった波紋を、
エウロピア各地に広げることになる。
コメント
1件
**感想** グユグが「ここで死ぬ」って覚悟決めたのに、近習たちに無理やり連れ戻されて敗走に繋がる流れ、めっちゃ切なかった…。あの瞬間の「強すぎて負ける想像ができなかった」ってサイラスの分析、刺さるわ。そして帰還命令! まさか戦の真っ最中に「中止」が来るとは思わなかった。オゴタイの「秩序を守るための決断」が、逆にエウロピア全体にどんな波紋を広げるのか、続きが気になりすぎる🔥