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「そ、それじゃあ、社長。玄関へ回りましょうか……」


圭助は、櫻子の様子を気に留める事もなく、冨田を屋敷の表側へ誘った。


さすがに台所から客間へ案内はできないと、元来た道を戻る事を提案したのだが、冨田は、面倒臭そうな顔して、ここから行けば良いと言い張った。


冨田が言うように、ここから、客間へ向かった方が、断然近くもあるし、また、本来の目的、下見も出来て、丁度良い。確かに頷ける話なのだが、やはり、家長の意地なのか、勝手口から客間へ通すというのが、圭助には、どうも受け入れがたく頑として譲らない冨田に困りきってしまう。


と、そんな、弱りきる圭助を後押しするかの様な声が流れてきた。


「あの、旦那様。社長様に、庭をお見せする話は……。申し訳ありゃせんが、こちら、次の仕事が迫っておりやして……」


勝手口から、親方が顔を覗かせていた。


「おお、あんた、深川の巽《たつみ》親方じゃないか。ほお、庭師も、一流どころを使ってるのか」


冨田は、目を見開き、大したもんだねぇと、言いながら、親方がいるんじゃ仕方ないと、来た時同様、スタスタ外へ向かった。


「申し訳ありゃあせん」


「いやいや、構わんよ。親方がいてくれて助かった。庭は、どのぐらいの広さなんだい?前庭を見せてもらったが、あの広さだ、かれこれのもんなんだろうねぇ。植わる木も数あるんだろうなぁ。それらを、移植する場所をどうするかだ。親方、任せられるかね?」


お勝手の脇で、頭を下げる親方に、冨田は、有無を言わさず自分の考えを捲し立てる。


ダミ声が、辺りに広がり、もはや、屋敷は冨田のもの、と、言っても過言ではない勢だった。


「あ、あの、社長……」


後をついて行く、圭助が、冨田に尋ねた。


「……移植というのは。植木を、移動させるということで?やはり、ご自分の気にいった物に、植え替えるということで?」


「いや、なに、必要ない。それだけだよ」


あっけらかんと言い放つ冨田に、圭助も、親方も、怪訝な顔をした。


「社長、それは、どうゆうことでしょう?」


屋敷の庭に、植木が必要ないというのは、不自然極まる。圭助は冨田の意図が掴めず、思わず粘った。


「ええ、あっしも、お聞きしたいです。社長さん、木を移し変えるのは、そう簡単な話じゃありゃせんし、また、庭に植わっている物となると……」


「ああ、費用か。親方、ついでに、どのくらいかかるか、教えてくれるかね?」


何故か冨田は、この屋敷から植木を除外したがった。


そこに、どうしても、合点がいかないのが、圭助だった。


手放すつもりではいたが、長年住んでいた場所だけに、その先が、どうなるのか、が、つい気にる。どうこう口を挟める立場ではないと分かっていながら、冨田へ、問いただしていた。


そして、なぜ勝手口で、男達が、騒いでいるのかと、事情を知らない珠子も、勝代へ問いただしていた。


「ああ、お父様が、お商売をもっと広げるの。だから、通いでは無理かもしれないと、店の方へね、引っ越すつもりでいるのよ」


え?と、珠子は、驚き、ヤスヨとキクは、物は言い様だと、勝代のとんだ辻褄合わせに、呆れている。


(ならば、ここは、置いておけばいいのに……。)


櫻子は、心の中で、呟いた。


しかし……。


思えば、屋敷を手放すという話なのに、どうして、櫻子まで、巻き込まれなければならないのだろう。冨田へ屋敷を売るという話に、櫻子自身は関係ない。


櫻子が悩む側では、何故だと、わあわあ、騒ぐ珠子へ、勝代が、ここ目黒より、店のある日本橋の方が、賑やかだ。屋敷よりも、店のほうが、手頃な広さで住みやすい。女学校も近くなる。などなど、言い訳を並べていた。


そこには、櫻子の名前も、処遇も、当然、出てこない。


そうか。と、櫻子は、気付く。


勝代は、櫻子が、邪魔で疎ましいのではなく、この屋敷を含め、前妻の面影を消し去りたいのだ。


どんなに、豪華であろうと、屋敷は、前妻である櫻子の母の為に建てられた物。そこに、住むというのが、我慢ならないのだろう。自分意外の者の為に立てられた場所であるという所は、百歩譲っても、櫻子がいる。


櫻子がいる限り、勝代には、前妻、佐枝子の残像が見えるのだ。


佐枝子の屋敷に住み、佐枝子の血が流れる櫻子がいては、勝代の中では、柳原家の後内助《つま》と、言い切れないのかもしれない。


櫻子を疎ましく思うのは、前妻の子供というだけではなく、櫻子がいては、柳原家を完全に支配することができないから。


そういうことか。


きっと、そうだ。そうに違いない。


だから、屋敷ともども、櫻子を冨田へ渡す、手はずをつけた……。


櫻子は、ペタリと板土間に座り込む。


疑心に近い自分の考えに、動揺したのもあるが、冨田に、手を握られ、迫られた、あの不快な感触を思い出したからだった。


冨田から逃げおおせたのは、今だけで、吐き気を覚えた出来事が、いや、それ以上の事が、これから起こる。だが、櫻子に考える余地はなく、ただ、握られた手を、つぎはぎだらけの古びた前掛けで、拭うことしかできないでいた。


にもかかわらず──。


「ねえ、お母様、それじゃ、珠子の新しいお部屋は洋式にして!白いベッドが欲しいの!」


珠子だけは、呑気に、勝代へ甘えていた。

形がわりの花嫁は碧き瞳に包まれる

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