記憶だと……わたしが鷲見さんと会うのは少し先なんだけどここもショートカットできないだろうかと彼女が出入りしている部署に行くことにした。
そこにも一応同期がいるし……初めにここにいたから。その時の上司もいる。
すごくバリバリのキャリアウーマン、猪狩幹子。男、結婚を蹴ってまで仕事一筋、休みの楽しみは旅行。そして趣味は貯金。
私のいちばんの憧れだった。
結婚して子供を産んで……それが当たり前だと思っていたけど一人で生きる、その生活でもいいやって……男どもに疲れた時にそう思った矢先に彼女は結婚した。
しかも不倫の末の奪略婚だった。
貯金は裁判と慰謝料でほぼなくなったらしいけど子供も産まれてもなおこの会社にいるのもここの幹部の一人が相手だったから。
それが発覚した頃は彼女の部下たちもヒッチャカメッチャカで辞めていく人も多かったらしい。
「お久しぶりね。ここからはあなたの様子をちらほら見えてはいたけど」
「お久しぶりです」
猪狩課長に頭を下げた。
「そっち暇なの? 暇そうじゃないわよね。サギモリのとかセキュリティとかそっちに回ってるみたいだけど」
「ええ……まぁなんとか人が集まってるんで」
「そうね、賑やかそうで。本題は?」
そうそう、雑談してる場合ではなかった。
「TOKIプランニングの鷲見さんという女性、ご存知ですか?」
「今商談室にいるわよ」
えっ、この時にも来ていた?! すると猪狩課長はコーヒールームにわたしを手招きした。
「忙しそうだから休める時に休みなよ。いくら人員増えても上のやつが人使い荒いから」
山田課長と猪狩課長は同期である。
いっときは猪狩課長の方が上になった時があってその時山田課長はキーっ! となってた気もする。例の奪略婚のことでまた逆転したけど。
コーヒー飲まずにすぐにでも鷲見さんに突撃したいものだが……。
「白沢さんは今、妊活してる?」
いきなりそこかい。
「早めがいいわよ。40で出産はマジ死ぬ」
「まだ産後半年ですよね」
「きっついのなんの」
「わたしも彼と出会ってすぐに妊活を意識すればよかったと思ってて」
「すぐ病院行きなさい。不妊治療、絶対夫と一緒に!」
とぐいぐい迫ってくる。奪略婚のくせに……結婚もしないってあんなに荒ぶっていたのに。心の中で少し失笑してしまう。
「今さ、過去をやり直すってドラマあるじゃない」
彼女も見ていたのか。
「……わたしもやり直したい」
遠くの方を見ていう彼女。わたしが彼女の下で働いていた頃には不倫をしていたってことなのか。
「……ほんの一つの甘い蜜がとんでもない罠だった。今は娘もいるし、なんとかこの仕事も続けられているけどさ」
「蜜?」
猪狩課長は少しフゥとため息をついて周りを見渡してから言った。
「ここだけの話にして欲しいんだけどさ。わたし、アイツにレイプされたの」
「え……」
アイツは猪狩課長の夫のことだ。
「仕事の相談に乗るよって……いいところ連れられてお酒飲まされたが最後。気づいたら全裸でホテルのベッドの上で仰向けになってた」
「それって犯罪……」
私は青ざめる。そんなことはあってはならない。
「アイツ、親が元OBだし社長もお世話になった人らしくてさ。自分の息子が妻子いるのに生き遅れのわたしをレイプして子供孕ませたってバレたらやばいからわたしが略奪したことにしましょうって。」
そんなことありえる? しかもたしか慰謝料払ってるのに……。
「お金も奪われて、子供もいるわけだから離婚もできないし。この会社にいることが一番の逃げ場かな。子供はあっちの義母たちが前の子供達よりも懐くからってベタベタでさ」
そんなこと聞いたことなかった……。ずっと猪狩課長のせいだとか、それも会社内で噂が回ってた。
すると猪狩課長は立ち上がった。話を終える時はいつもこんな感じだ。
「あ、鷲見さん。気をつけた方がいいんじゃない?」
どういうこと?
「あなたのこと聞いてきたのよ」
「なぜわたしのこと……彼女のことは知りませんし」
「そうよね、だからなんで? って聞いたのよ。そしたら、白沢さんのご主人を知っててその奥様がどんな人かって」
……。
「彼女にはなんで? ってキツく睨んだけどフウン、て感じで」
なに……不倫相手の妻を見にきたってことかしら?
「あ、でてきたわよ」
と猪狩課長の目線の先に鷲見さん。今日も綺麗にツンと澄ましている。
わたしは心拍数が上がりながらも彼女を見つめる。
「白沢さん、あなたと少し話せてよかったわ。噂話色々回ってると思うけど、どう思うかはあなた次第、てことにしておくわ」
はっきり言えばいいじゃん。
「行ってらっしゃい、また落ち着いたらご飯食べようね」
猪狩課長の顔が少し切なさそうに見えたけどわたしは鷲見さんの元に行く。
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