コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
怜と立川駅の改札前で別れた後、奏は、歩くのも面倒だったのでタクシーを使って帰宅した。
「ただいま」
リビングの扉を開けると、母がキッチンからリビングに移動して、ニコニコしながら出迎えてくれた。
父はソファーに腰掛け、チラッとこちらを見やり『お帰り』と言った後、視線をテレビに移す。
「お帰り。奈美ちゃんの結婚式と披露宴、どうだった?」
「素晴らしい結婚式と披露宴だったよ。ピアノも弾き切れたし、奈美との連弾も上手く弾けたし、まぁ奈美の旦那さんが奈美の事を大好き過ぎて、見てる私が恥ずかしくなっちゃったよ」
奏は苦笑いしながら母と会話していると、珍しく父が話の輪に加わってきた。
「ああそうか。今日は高村さんのお嬢さんの結婚式だったか」
「そうだよ。奈美、すごく綺麗だった。あ、そうそうお母さん、奈美ママがよろしくお伝え下さいって言ってたよ」
母が引き出物の入った式場の紙袋を覗き込み、あらまあ! と声を上げた。
「奏!? このブーケは? ブーケトスで取ったの!?」
母は両手で丁寧に奈美から頂いたブーケを取り出し、しげしげと見つめている。
「これは奈美本人から、私に受け取って欲しいって言ってくれて頂いたんだよ」
「あら! そうなの? 奈美ちゃん本人から手渡されたって事は、何かご利益がありそう! ねぇ? お父さん」
「奏もそろそろ結婚を考えてもいい年頃だ。高村さんの結婚式で、いい人はいなかったのか?」
父に問いかけられ、奏は二人の男性の顔をぼんやりと思い出す。
体育会系イケメンの谷岡と、俳優系イケメンの葉山。父からそう聞かれて、奏は慌ててかぶりを振る。
「まさか! 無いない! それに今日、私は披露宴のBGMでずっとピアノを弾いてたんだよ? それどころじゃなかったよ!」
母からブーケを奪い、引き出物の袋を掴んで、奏は両親から逃げるように、そそくさと自室へ向かって行った。
自室に入った奏は、ベットに身体を沈め、ハァ〜っと大きくため息を吐いた。
「あ……葉山さんに連絡……」
徐にベッドから起き上がり、バッグからスマホを出すと、奏はメッセージアプリを開く。
怜のIDを表示させた後、メッセージ入力欄を開き、斜め上に視線を向けながら何て打とうか考える。
考えてはいるものの、なかなか気の利いた文が思い浮かばない。
(葉山さんには失礼な態度を取っちゃったし、具合が悪くなってしゃがみ込んだ時に介抱してもらって迷惑掛けちゃったし……その事を打てばいいか)
打つ文章が決まると、細い指先がスマホの画面上を滑らかに動き出した。
『葉山さん、今日は失礼な態度を取ってしまってすみませんでした。また具合が悪くなった所を介抱してもらい、おまけにラウンジでコーヒーまでご馳走になってしまい、ご迷惑をお掛けしてすみませんでした。先ほど無事に帰宅しました。ありがとうございました。 音羽奏』
何か謝罪文みたいだな、と苦笑してしまうが仕方がない。
怜に失礼な態度を取り、道端で倒れそうになって迷惑を掛けたのは事実なのだから。
奏は送信のアイコンをタップして、怜にメッセージを送った。
「ああそうだ。谷岡さんの食事の誘いの返事もあったか……」
どうするか。
誘いに乗るか乗らないか。
とりあえず、一度会ってみるのも悪くないかもしれない、と奏は考え直す。
今度は谷岡のIDを開き、メッセージ入力欄を表示させると、指先が再び画面の上を滑った。
『谷岡さん、今日はお疲れ様でした。お食事のお誘い、ありがとうございました。今度の土曜日はオフなので大丈夫です。 音羽奏』
谷岡へメッセージを送信した後、アプリに怜からのメッセージ受信の通知が届いている。
奏はすぐに画面を開いた。
『今日はお疲れ様でした。無事に帰宅できたようで、俺も安心しました。もし、音羽さんが良ければ、今度食事に行きませんか? 音羽さんがお酒好きだったら飲みに行くのも良いですね。時間のある時で構わないので、お返事下さい。それでは、おやすみなさい。 葉山怜』
「葉山さんからも食事に誘われたって、マジですか……。って言うか、私が馴れ馴れしいって言ったせいか、すごく丁寧なメッセージを送ってくれたな……」
奏はスマホをベッドにぞんざいに置くと、そのまま瞳を閉じる。
披露宴でピアノを弾き続けた緊張感から解放されたせいか、彼女はいつしか眠りの深淵に落ちていった。
***