俺達の背後に、それは立っていた。
黒いジャケット、黒いズボンに黒いタイ。
顔には生気は欠片も見当たらず、ひどく青白い。
目深に被(かぶ)った帽子にかろうじて残る白いラインだけが、やけにはっきり見えた。
無意識にその何かから距離を取るように、俺達はじりじりと足を動かしていた。
だが、その何かは俺達には興味がない様子で、俺とケイの間を通り過ぎる。
金髪の前で立ち止まり手を出した。その手は手袋に包まれていた。
金髪はポケットから何かを取り出してその手のひらに乗せる。
「4番、神澤敏之(かんざわとしゆき)」
耳に残る、金属を引っ掻いたような余韻(よいん)を残す声がして、もう一度、車掌と呼ばれたそいつは手のひらを金髪に差し出した。
金髪の名は神澤敏之(かんざわとしゆき)と言うらしい。
金髪はそのまま車掌の手から一度提出したそれをひったくった。
車掌は歩を進め、オカマと呼ばれた男の前立ち止まる。
「5番 坂崎類(さかざきるい)」
坂崎とやらが金髪と同じように何かを車掌の手に乗せて、名前を呼ばれてからまた受け取る。
車掌はさらにスーツ姿の男の前で 「3番 菅井貴文(すがいたかふみ)」と名前を読み上げた。
そしてぐるりと辺りを見回しているかのように、身体をゆっくりと一回転させた。
「1番、7番」
車掌は言いながらゆっくりと、ゆっくりと体の向きを変える。
壊れたおもちゃのように通路の真ん中でぐるぐると回る姿は不気味というよりは滑稽(こっけい)だ。
「1番、7番」
その異様な光景に、俺もケイも言葉が出ない。
そんな俺の腕を、ぐっと掴んだのは金髪だ。
「お前らだ。早く切符を出せ」
「切符?」
そんなものを持っているわけがない。
田舎路線だからと言ってICカードが使えないわけじゃないんだ。
切符なんて買って乗っているわけがないじゃないか。
その思いが顔に出たのだろう。
金髪は舌打ちをしてから
「どこかにあるはずだ。ポケットか、鞄か知らねえけど。出さない限りあいつは去らない」
といって、指で小さな切符をつまんで俺の目の前に付きつける。
ごてごてしたアクセサリーを付けた指の間にあるのは、昔ながらの小さな切符だ。
乳白色の紙に、黒字で【肆番 神澤敏之】と書かれている。
俺はポケットに手を突っ込んだ。
学ランには外ポケットが二つ、内ポケットが一つ付いている。
数個残っているガム、家の鍵、指先で慣れ親しんだ感触を感じながら、ふと右側のポケットの中に硬いものが入っていることが気がついた。
取り出してみると、それは金髪が持っていたのと同じような紙片。
切符だ。
表面には【壱番 藤村晴人】と書かれている。
「おい、車掌。こっちだ」
金髪がそう言うと車掌はするりと俺の前に近寄って来た。視界の端でケイもまたブレザーのポケットから切符らしきものをとりだしたのが見える。
「1番 藤村晴人(ふじむらはると)」
車掌の手に切符を乗せると、そう言う声が聞こえた。
ハルヒトと読まれがちな俺の名前も、間違わずに音にする。
「7番 高野慧(たかのけい)」
ケイの方も同じだ。ケイが切符を取り戻すのを見ていて、一つ気が付く。
この車掌の背丈は、ケイよりも高い。ケイの身長は180センチを少し超えているので、この車掌は結構な長身ということだろう。
車掌は「全員乗車確認」と言って、するりと方向を変えると、この車両の一番前、本来であれば運転席があるだろう部分の扉を開いて中へ入って行った。
一瞬の静寂(せいじゃく)が辺りを包む。
その静寂を破ったのはやはりと言っていいだろう、金髪だった。
「出発するとあいつが来るんだよ。んで切符を拝見ってやつだ。7枚の切符を確認しない限り、あいつはさっきみたいにずっとぐるぐる回ってる。ちなみに殴っても蹴っても何にも起きない。一度消火器でぶん殴ったけど、やっぱり何も起きなかった。ずっとぐるぐる回ってるだけ」
「あ、んた……は」
なんとか声を絞り出すと、すぐに襟(えり)を掴(つか)みあげられた。金髪は俺と同じくらいの身長だ。あまり高くない。
意外に切れ長の瞳が、剣呑(けんのん)な光を宿(やど)している。
「トシさん、な。言ってみ」
「……と、トシさん」
俺がそう言うと、金髪は満足げに頷く。
だが、そんな俺達の様子を見ていなかったのだろうか、ケイは小さく「うーん」 と唸ってから「金髪さんはだいぶ慣れてますね」と口にした。
「おい、のっぽ。お前俺の話、聞いてたか?」
「はい。この電車は7人乗り、切符は見たことも無いやつで、なぜか番号とフルネーム入り。車掌はどう見ても人じゃない。というより、死体っぽいですね……。そして」
ケイは飄々(ひょうひょう)とそこまで言ってから、ちょっと言いにくそうに口ごもる。だが、すぐにその先が唇からこぼれおちた。
「降車は、できない」
案の定、車内には再びの沈黙が落ちた。
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七人ミサキかな?