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「そう思うなら。あの時どうして・・?」
そこから立ち直れるまで、どれだけかかっただろう。
忘れられるまで、どれだけかかっただろう。
「透子。なんか雰囲気変わったな」
「そりゃ、あれからもう何年経ったと思うんですか。あの頃の私とはもう違います」
そう、今はあの時の涼さんがすべてだったダメな何も出来なかった私とは違うから。
「噂聞いてるよ。大阪支社にも透子の話よく流れてくるから。女性でかなりのやり手になったって」
「涼さんも本社にいた時も凄かったですけど、大阪支社でもものすごい活躍されてるそうですね」
そう。
あの時、涼さんの実力を認められて、本社よりも大阪支社に移動してもっと出世したと聞いた。
「それも・・あの時、透子がいてくれたからだよ」
私がいたから何?
私を捨てて大阪に行ったのに?
会社の中では誰にも秘密の恋愛だった。
“透子。二人だけの特別な秘密だよ”
その時の自分は彼の言葉すべてを信じて絶対だと思っていた。
だから始まった時も終わった時も、誰も知らない恋愛だった。
今思えば涼さんは結婚まで考えてなかったからこそ秘密にしておきたかったのかもしれない。
自分一人でその幸せも悲しみも抱えなければいけない恋愛だった。
自分で立ち直らなければいけない恋愛だった。
だから、誰かに頼らなくちゃ生きて行けなかった自分が嫌で変わりたかった。
自分の力で自分を変えたかった。
そして、今は誰にも頼ることなく、恋愛もなくていい、仕事を楽しめる大人になった。
「透子は・・・今一人?」
久々に会った途端、もうそんな話。
「だったらどうします?責任感じたりします?」
そこそこ大人になると可愛げもなくこんな嫌味なこと言うようになってしまうんだな。
こんな自分になってるなんて初めて知ったよ。
「いや・・・だったら・・」
「ご心配なく。今、大切にしてくれてる彼氏いるんで」
咄嗟に笑顔を浮かべてありもしない嘘をつく。
だけど、もう同情されるのはゴメンだ。
一人でいるからって、まだこの人を引きずっているとも思われたくないし。
この人が最後の恋愛だなんて思われたくもない。
私は今仕事をしてる自分が好きで、一人の時間が好きだからこそ、特定の相手を作っていないだけだ。
どんな形でも勘違いだけはされたくない。
だから強がりなんかじゃない、これが今の私の精一杯のプライドだ。
「そっか。残念」
何が残念?
自分のしたことをこの人は忘れてるんだろうか。
今更何がどうなるというのか。
「北見さん。すいません。お待たせしました。行きましょうか」
「あぁ。わかった」
すると仕事仲間らしき人が涼さんに声をかける。
「仕事の合間の待ち合わせでちょっと寄っただけだから行くよ」
「あっ、そうなんですね」
「じゃあ、また」
また・・・はあるのだろうか。
結局、こんな風にモヤモヤしてるのは、まだ私は涼さんとの恋愛を引きずっているのだろうか。
結局、なぜかこんな素っ気ない態度を取ってしまうのは、まだ私が割り切れていないからなのだろうか。
忘れたと思ったのに。
もうあの時の自分から変われたと思ったのに。
だけど。
一瞬言葉を交わしただけで、またあの頃の感情を想い出してしまう。
自分は嫌いになって離れたワケじゃなかったから、その分の想いはどうしても残ってしまうのかもしれない。
だけど、その想いは、今の私にとっては、もう痛い忘れたい想い。
「美咲・・。ちょっと強めのお酒ちょうだい」
涼さんが店を後にしたのを確認した速攻、美咲に強めのお酒をオーダーする。
「はいよ~。まぁ、飲みたくなるわな」
少し離れて一部始終を見ていた美咲はすぐさま状況を理解。
「飲まなきゃやってられないでしょ。いや、このタイミングでさ~再会とかする? てか、なんでまたこの店来ちゃうかな~」
思わず我慢出来なくて美咲に愚痴ってしまう。
「いや~涼さん、相変わらず余裕ある男の魅力あるわ~」
「悔しいけど、あーいうとこ惹かれたんだろね」
悔しいけど、自分より大人で余裕あって、今同じような年齢になっても、その印象はずっと縮まらなくて変わらない。
「よく顔出せたよね~。私がどんだけあの時立ち直るのに必死だったか教えてやりたいわ」
それとは逆に年齢を重ねた自分は、こんなに昔の恋愛に冷静になってしまった。
もっと納得出来る別れ方をさせてくれていたら。
もっと素直で恋愛に前向きな大人になれていたのかもしれないのに。
きっとあの時、終わりの瞬間から。
あたしの恋愛ベクトルは違う方向に向いてしまった。
恋愛だけがすべてだと思っていた自分が、真逆の自分になって。
その時から素直だった自分は、素直じゃない自分になってしまった。
もうあの時から、素直に人を好きになって信じるのが怖くなった。
そんな自分はもう随分昔に置いて来たはずなのに。
きっかけを作った張本人と再会したら、こんな簡単にその時の感情を想い出してしまうんだ。
そんな自分を誤魔化したくて、そんな自分の記憶をまた早く忘れたくて、お酒を飲むペースがどんどん早くなって量も増える。
美咲に話を付き合ってもらいながらも、どんどん酔いが回って来て、フワフワ気持ちよくなってるのがわかる。
でも自分的に久しぶりに、溜めてた気持ちを吐きだせたからか、今日のこの酔いは自分的に嫌な酔いではない。
どれだけそのモヤモヤが溜まっていたのかはわからないけど、その酔いでウトウトと少しずつ気分も良くなってくる。
ちょっとだけこのまま眠りについたら、少し気分も晴れるかも・・・。