長野に戻った優羽は、すぐに信濃大町の実家へ向かった。
流星のお迎えまではまだ少し時間があったので、実家へ行き東京土産を渡そうと思っていた。
駅前商店街のアーケードを抜けて実家の洋品店へ入る。
するとドアのベルの音と共に奥から「はーい!」という声が聞こえた。
母の恵子は店に顔を出すと、
「あら、優羽だったのね、お帰り。東京はどうだった?」
「うん、順調に終わりました。お母さん、流星の世話ありがとうございました」
優羽は奥のダイニングへ向かう恵子の背に向かって言った。
そしてテーブルの前まで行くと東京土産を置く。
「あら、これ母さんの好きなお菓子! ありがとう」
恵子は嬉しそうに言った。
それからこんな話を始める。
「昨日ね、その、なんとかさんっていう登山家の人? その人の事を商店街の会長さんに話したら知ってたみたい。結構有名な人らしいわね。優羽がその人と仕事をしていると話したらそれはすごいなぁってみんなにびっくりされちゃったわ」
恵子はお茶を淹れて優羽の前に置くとご機嫌な様子で言った。
優羽が東京へ行く前、恵子は優羽が岳大と一緒に仕事をする事をあまり良く思っていないようだった。
しかし今の恵子を見ると娘の事を自慢気に思っているようなので優羽はホッとする。
これも全て岳大の知名度のお陰だ。優羽は岳大がいかに凄い人なのかを再認識した。
それからしばらく母と世間話をした後、優羽はバスで流星の保育園へ向かった。
優羽が門の前で待っていると、奥に流星の姿が見える。優羽はその時久しぶりに会う我が子を見て、目に熱いものがこみ上げてきた。今までこんなに長い間流星と離れた事がなかったので、優羽は流星に会いたくて会いたくて仕方がなかった。
門の外で待つ優羽を見つけた流星は、笑顔で元気よく走って来て優羽に飛びついた。
「ママ、おかえり! ぼくおりこうにおるすばんしてたよ!」
流星ははちきれんばかりの笑顔で言った。
優羽は流星を強く抱き締めながら、
「流ちゃんただいま! おりこうにお留守番していて偉かったわね。お土産いっぱい買って来たからね」
そう言って息子の髪に鼻を押し付ける。そこには懐かしい我が子のホッとする匂いがした。
それから二人は手を繋いでバス停へ向かった。
乗り物好きの流星は、バスで帰るとわかると嬉しそうにはしゃいだ。
山荘へ戻るとフロントには舞子がいた。舞子は二人の姿を見ると満面の笑みで迎えた。
「優羽ちゃんお帰りなさい! 東京はどうだった? 今日は疲れているだろうから紗子さんがゆっくり休みなさいって言ってたわよ」
優羽は舞子に東京土産を渡しながら言った。
「舞子さん、留守の間ありがとうございました。あ、あと、昨日は流星の世話までしてもらったみたいですみませんでした。さっき母の所で聞いたの。本当にありがとう」
「ううん、偶然街で会ったから。実は私の方が遊んでもらったみたいな感じよねっ? 流ちゃん!」
舞子はそう言って流星に向かってウィンクをする。
「まいこちゃんとね、ふぁみれすにいってはんばーぐをたべたの。そのあとね、みちのえきでソフトクリームもたべてね、さいごはまいこちゃんのおうちにいれてもらったんだよ! おにわにはおはながいっぱいだったの」
誇らしげに話す流星の言葉を聞いて優羽がびっくりする。
「まあ、お家にもお邪魔したの? ごめんねー、せっかくのお休みだったのに!」
「いいのよ。休みって言ったってなーんにも予定なんてなかったんだから」
舞子は楽しそうに笑った。
その後優羽は一旦自室に荷物を置いてから、三橋夫妻が切り盛りする食堂へ行き早速配膳の手伝いを始めた。
その日の夜、優羽は温泉に入ってから早めに流星を寝かしつけた。
流星もいつもとは違う環境が数日間続いたので少し興奮気味で疲れていたのだろう。
優羽が寝かしつけるとすぐに眠りについた。
流星の枕元には、岳大から貰ったオレンジ色のクマのぬいぐるみが置いてあった。
優羽が思った通り流星は迷わずオレンジ色のクマを選んだ。
そして、
「ママはしろのクマさんね! ママもぼくとおなじでここにおくの!」
と言い白いクマのぬいぐるみを優羽のベッドの枕元に置いた。
そして嬉しそうにキャッキャとはしゃいでいた。よほど岳大からの土産が嬉しかったのだろう。
その後流星は優羽にこんな事を聞く。
「たけちゃんはいつくるの?」
「もうすぐ会えるわよ」
優羽がそう答えると、流星は安心したような笑顔を浮かべてから眠りについた。
静まり返った部屋には、流星の寝息と川のせせらぎの音だけが響いていた。
ここは東京とは違いなんて静かなのだろう。
この静けさにホッとしている自分は、もうすっかりこの地に馴染んでいるのだなと優羽は思う。
温泉で火照った体を少し冷ますため、優羽はウッドデッキへ向かった。
テラスの椅子に腰を下ろすと、携帯を取り出し兄に子守りのお礼メッセージを打とうとした。
その瞬間一通のメッセージが届いた。
メッセージは岳大からだった。
優羽はドキッとした。
それはあのポスターを見て以来、自分の中の岳大に対する特別な感情に気づいてしまったからだ。
これから岳大にどう接してたらいいのかと悩んでいた時にタイミングよくメッセージが届いたのでびっくりした。
優羽は少し緊張気味にメッセージを読んだ。
【無事に着いたかな? 早速使っています】
と一言だけ書いてあった。
そして続けてもう一通メッセージが来た。それは一枚の写真だった。
その写真には、優羽が昨夜プレゼントしたキーホルダーが写っていた。
キーホルダーには鍵がついている。
それを見た優羽は微笑みを浮かべながら返事を送った。
【無事に戻りました。東京ではお世話になりました。流星がクマさんに大喜びしていました】
そして優羽も一枚の写真を送る。
流星がオレンジのクマを嬉しそうにぎゅっと抱き締めている写真だ。
【写真ありがとう。喜んでくれて良かったです。ママの予想通り流星君はオレンジ色を選んだんだね】
【はい、予想通りです】
【さすが母親だね。子供の考えている事は全てお見通しな訳だ】
【はい。母親ですから】
そう返信した後、優羽は椅子に座り直して姿勢を正すとまたメッセージを送った。
【新宿駅で新作のポスター見ました。見た瞬間、思わず泣いてしまいました】
優羽は正直な気持ちをそのまま伝えた。
メッセージはすぐに既読になった後、しばらく間を置いてからまた返事が来た。
【ごめん、嫌な思いをさせちゃったかな?】
それを見た優羽は、岳大が勘違いをしていると思い慌てて返信する。
【その真逆です。嬉しかったです】
【僕は前に星屑を全部拾う事は簡単だって言ったよね? だから拾いました。これで君はきっと幸せになれるはずです】
そのメッセージを見た優羽の目には熱いものがこみ上げてきた。
しかしそれをグッと我慢して返事を送る。
【ありがとうございます】
一言返すのが精一杯だった。
【そっちは今星が見えてる?】
【はい、今夜も天の川がくっきり見えます】
【羨ましいな、東京の空は今日も真っ暗だよ。早くそっちに行きたいよ】
【もうすぐ撮影ですからそれまで我慢して下さい。あっ、今流れ星が見えました】
優羽は頭上に流れた星を見て驚きそう伝えた。
すると岳大が、
【ずるいなあ…そうやって星が見えない街にいる男をわざとあおっているんでしょう?】
【フフッ、そうです】
返信しながら優羽は声を出して笑う。
それからしばらく二人はとりとめもないやりとりを続けた。
優羽は岳大に対しどう接していいか悩んでいたが、悩む事など何もない事に気付いた。
とにかく優羽が今やるべき事は、ボスである岳大を支え、目の前にある仕事に全力を尽くす…それが全てではないだろうか?
優羽はそんな風に思った。
コメント
3件
なんかもう2人の会話が素敵過ぎる💓💓💓お互いを思う気持ちが重なったね。
岳大さんの言葉の選び方がいい〜♡ 優羽ちゃんの負担にならないよう、でも伝えたいことはさりげなく、決して強くない、ホッとするような温かい言葉*˘◡˘*ホッ♥
流星君もお母さんの心境の変化で楽しくおばあちゃん家で過ごせて良かった🎶なんだか舞子ちゃんとお兄さんもいい感じだし❤️岳大さんからの連絡も早くて流星くんのくまさんの話やポスターのことも話せて良かったね❣️ 岳大さんの優羽ちゃんに対するさりげない愛の告白にも気づいたかな⁉️