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#ヒューマンドラマ
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#大衆食堂
ガタガタと、立て付けの悪い板戸を開けて、櫻子が部屋へ戻ってみると、金原が気だるそうにベッドに腰かけていた。
「……どうした?急いで……」
「あっ!お玉ちゃんの帯の代わりに……」
返事も早々に、櫻子は、小箪笥の引き出しを開けて、何かを探し始めている。
「……楽しそうだな」
「だって、お玉ちゃんの着物が出来上がって、とても良く似合ってるんですよ!」
あった、と、櫻子は、目的の桃色の総絞りの帯揚げを手にするが、はたと、動きを止めた。
返事をした相手は、金原だったと、気がついたのだ。
「ははは、何も、固まらなくてもいいだろう!」
体を強ばらせる櫻子へ、金原は、ご機嫌な調子で大笑いする。
「おや、キヨシ、あんたが笑うとは、今日は、雨が降るね」
お浜が、呆れ口調で入口から覗いていた。
「櫻子ちゃんの様子がおかしかったからねぇ。つい、追いかけてきたのさ。で、なんで、帯揚げを?」
櫻子は、金原の視線を意識しつつ、おどおどと答えた。
「……帯の代わりに、帯揚げを結んだら……」
お玉は、まだ小さい。大人の帯揚げの長さなら、十分使えると思ったのだと櫻子はお浜へ言った。
「なるほど!そりゃ、いいかも!お玉、こっちへおいで!」
早速、やってきたお玉の腰に、帯揚げを巻き、お浜が後ろで蝶結びにしてやった。
帯揚げの絞りが、映える。そして、背中で、ゆらゆら揺れる蝶結びが、実に子供らしく、愛らしく見えた。
「うん、こりゃ、いいね、総絞りだから、寂しくもなく、なるほど!」
お浜は、櫻子の機転に感心しつつ、ちらりと、金原を見た。
「キヨシ、なんとか言ったらどうだい?流石、俺の嫁だとか、いや、違うねぇ、櫻子、良くやった、とか、うーん、なんか、それも、ちがうよねぇ」
一人呟く、お浜に、合いの手が入る。
「ほお、なるほど、大したもんだ」
「おや、八っつぁん」
「社長。山根の親分の所の若い衆がいましがた……。高井子爵と柳原家の結納は、来週の日曜だそうです……」
それは、つまり。珠子の結婚話だと、櫻子は、息が詰まりそうになった。
「わかった。あちらの部屋で、詳細を聞こう」
金原は、八代へ自分の部屋へ来るように指示すると、お浜を見る。
「すぐ成田屋へ、櫻子と行ってくれ。そして、ドレスの生地で、着物を作らせろ。柳原、いや、珠子は、着飾ってくる。それに勝たねばな。お浜、お前の腕の見せ所だ」
金原の言いたい事がわかったのか、あいよ!と、お浜は、力強く返事して、何故か、お玉も、あい!と、声をあげる。
「そうだな、チビ助。お前にも役目をやろう」
金原は、なんとも言えない底意地の悪い笑みを浮かべると、八代へ続けて言う。
「百円札を用意しろ。五千円分だ。十銭銅貨も同じ額用意しろ。めでたい席だからな。餞別ぐらいは、持って行かないとなぁ」
「社長?」
流石の八代も、金原の意図が掴めないと、ポカンとし、側ではお浜が、
「言ったよ、呼んだよ、櫻子って!」
などと、喜びつつも、櫻子の支度をするからと、男二人を部屋からおいだした。
「あ、あの、朝餉の用意を……」
困惑する櫻子など目にないお浜は、成田屋へどう言い付けるかと、腕が鳴るとばかりに弾けつつ、
「龍の炊いた飯もあるし、あたしらは、成田屋で、あんパンでも食べながら、話せばいいだけさっ!」
その言葉に、お玉は、あんパン、あんパンと、大喜びで、櫻子は、困惑するばかりだった。
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