テラーノベル
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お浜の手腕は、唸るほど冴えている。
あれからお浜は、櫻子とお玉を連れて、成田屋へ向かった。
そして──。
「ちょいと、あんたん所は、こんな白湯みたいなお茶を出しているのかい?」
あんパンを食べ終わった、お浜は、成田屋で悪態をついていた。
「申し訳ございません。お浜様!!」
店の一同は、びしりと背筋を伸ばし、そして、深々と頭をさげた。
「お浜さん……こちらにも、事情が……」
櫻子が、やんわり口を挟む。
「ああ!お玉!あんパンに、かじりつくんじゃない!それから、口を閉じて食べな!そんなじゃ、いっぱしの、女にゃなれないよっ!」
「あ、あい!お浜姐さん!」
お浜は、口いっぱに、あんパンを頬張るお玉へ注意する。
成田屋の面々も、何故か、大きく頷いた。
お浜が、仕立てた着物を見て、店の皆は、息を飲んだのだ。完璧な出来栄えにもだが、一種奇抜な考えが、十分に商品になるものだと、痛感したからだった。
そして、お浜の勢いに押されるまま、あんパン、お玉の足に合う足袋、草履一式、最新の婦人雑誌を、言われるままに買いに走り、店へのダメ出しを目一杯受けている。
しかしながら、言われてみれば、もっともな事ばかりで、更に、お浜はその改善策を即時に言いつけた。
的確な指摘は、成田屋の皆の心を掴み、今や、お浜の言いなりだった。
「まあ、いいさ。と、言いたいところだがね、客ってもんは、ちょっとしたところで、その店の格付けをするんだよ?」
「はい!ごもっともです!」
店の者達が声を揃える。
「ああ、櫻子ちゃん、わかってるよ。ここの事情ってもんも。だけどね。そんなもん、客には、関係無いだろう?」
お浜の言うことは、確かに正しい。櫻子も、すっかり、お浜の勢いに乗せられていた。
「うーん、番頭さん、こんな茶しか用意出来ないなら、出すの辞めな」
その一言に、番頭は、顔をひきつらせた。
そんなことをしたら、客に茶の一杯も出ないのかと、怒らせてしまうだろうと。
「あっ、では、紅茶にすればどうでしょう?このお店は、そもそも、ドレスを売る店ですから。西洋の飲み物の方が、似合うのではないですか?」
「そりゃいいね!櫻子ちゃん!」
お浜は、櫻子の意見に上機嫌になると、番頭をじろりと見た。
「どうだい!金原商店の力を見たかい?!資金切れなんだろ?あたしらが責任もって、儲けさせてやるから、暫くは、金原商店の世話になるんだね」
つまり、成田屋は、金原商店と手を組むべきだと、お浜は言っているのだが……。
「お浜さん。でも、こちらのご主人の許可なく……」
「いえ!構いません!どうせ、主人がいたところで、ここまで、店のことを考えることはないでしょう!どうか、私どもを、お助けください!お浜様!!」
櫻子の口添えに、番頭は、勢い良く答えると、お浜へ再び頭を下げた。
「まっ、そこまで言うならね。ただ、やるなら、こっちも、本気で、やるよ!競争相手は多いんだろっ!あんたらも、しっかり、ついてきなっ!」
はいっ!と、大きな返事が部屋に響き渡った。
「じゃ、お玉、出番だ!近場を歩いて、あんたの着物姿を見せるんだ」
「それは、マネキンガールというやつですな!」
すかさず、番頭が叫んだ。
呉服店など、商品の宣伝を必要とする店では、窓辺に女性を座らせ、宣伝を行い始めていた。
昔で言うところの、看板娘ではあるが、こちらは、しっかりと商品を見せる。新たな職業婦人の登場と、世の中の注目を浴び初めていたのだ。
「なんだか、知らないけどね、見せなきゃ、客も付かないだろ?」
お浜は、すっくと、立ち上がり、お玉を抱き上げる。
「まっ、この方がいいかねぇ。途中でぐずられても困るし……」
「よ、よろしくお願いします!」
番頭が、また、深々と頭を下げる。
それを見て、櫻子は、お浜の気っぷと、人を使う手腕に感心した。
が。すぐさま、お浜が、叫ぶ。
「あんたん所、ミシンはあるかい?!」
「……はい、ございます。そもそも、ドレスを作るのに便利だと、取り入れたばかりでございます」
「そりゃ、良かった!それじゃ、櫻子ちゃんにも、着物を作っておくれ!一日ありゃ、出来るだろ!」
じゃあ、そうゆうことで。と、言い捨て、お浜は、お玉と外へ出て行った。大通りを練り歩き、お玉の姿を見せるつもりらしい。
果たして、それで、客があつまるのかと、櫻子が、不思議に思う側では、お浜を見送る声と同時に店のなかは忙しくなった。
「さあ、時間がない!ここで、お浜様のご機嫌を損ねては大変だ!」
これまた、番頭の一言で、一同は、さっと、櫻子を見る。
どうやら、櫻子の着物の仕立てに入るべく、店の者達は、やる気になっているようだった。
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