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美空がカメラを抱えて部屋へ戻ると、ちょうど結衣と玲奈の二人が、男性陣の部屋から帰ってきた。

玲奈は浴衣姿だった。観望会の後、温泉に入ったのだろう。頬がほんのり赤く染まり、妙に色っぽい。


「美空! 写真どうだった?」

「バッチリ撮れたよ!」


美空はカメラの液晶モニターを結衣に見せた。そこには、うっすらと天の川が写っていた。


「すごい! 天の川が写ってる! うまく撮れてよかったね!」

「うん! 夢みたい! 来て本当によかった!」


その時、玲奈が言った。


「私は先に寝まーす。おやすみなさい!」


玲奈はあくびをしながらベッドへ入った。


「おやすみ~!」

「おやすみなさい!」


そこで、結衣が言った。


「美空! ちょっとロビーに行かない?」

「いいよ。ちょうど飲み物を買いたかったんだ」


二人は財布を手に、ロビーへ向かった。


自動販売機で温かい缶コーヒーを買い、窓際のソファに座る。缶を開けると、香ばしいコーヒーの香りが漂った。


「これで少し酔いが醒める~」

「そんなに飲んでたの?」

「ううん、そこまでじゃないけどね」

「飲み会はどんな感じだったの?」

「それがさぁ、美空、ちょっと聞いてよ~!」

「どうしたの?」

「あの子、ターゲットを植田さんに変えちゃったの!」

「えっ? 本当に?」

「うん。たぶん萩原さんは無理だって気付いたんじゃない? 星オタクの二人の間には、入り込む隙なんてないし。だから諦めたのかな? それで今度は植田さん狙いって感じ。ほんと迷惑!」


結衣は口を尖らせ不満をあらわにする。


「でも心配しなくても大丈夫だよ。植田さんが玲奈さんに行くとは思えないし。むしろ植田さん、結衣に興味がありそうだもん」

「え? 本当に?」

「うん。私から見たら、結衣に好感を持ってる感じがする」

「やだ! そうなの? だったら安心していいのかな?」

「そうだよ。それに私も応援するから!」

「ありがとう~美空!」


結衣は嬉しそう微笑んだ。


その後、二人はしばらく他愛のないおしゃべりを楽しみ、部屋へ戻った。

ベッドに入ると、結衣の穏やかな寝息がすぐに聞こえ始めたが、美空はまったく眠れない。

寝ようとすればするほど目が冴える。

仕方なくベッドから起き上がった美空は、足音を立てないように窓辺へ近付き夜空を見上げた。


(うわぁ、綺麗……)


満天の星空は、さらに輝きを増しているように見えた。


(こんな素晴らしい星空を放っておくなんて、もったいないわ)


そう思った美空は、音を立てないようにダウンを着込むと、そっと部屋を抜け出した。

誰もいないロビーを横切り庭へ出ると、先ほどまで撮影を楽しんでいた宿泊客の姿はもうなかった。


誰もいない庭にホッとした美空は、片隅にあるベンチに腰を下ろし、夜空を見上げた。


(わぁ、天然のプラネタリウムみたい……すごいなぁ……)


その美しさに、美空は息を呑む。そして、ふとこんな思いが頭に浮かんだ。


(星は夜空の宝石、そして宇宙は宝石箱なんだわ。逆に考えれば、私が普段扱っている宝石は地上に落ちた星なのかもしれない。つまり、私の職場は、地上の小宇宙なのよ!)


星空と自分の仕事の共通点を見出した美空は、ご機嫌になり、思わずフフッと笑う。

その時、突然背後から声が響いた。


「何がそんなに可笑しいんだい?」


驚いて美空が振り返ると、そこには夏彦が立っていた。


「あっ、いえ、なんでもないです……」

「隣に座っていい?」

「どうぞ」

「で、何がそんなに可笑しかったの?」

「その……『小宇宙』だなって思って……」

「小宇宙?」

「はい。この星空って宝石箱みたいで、私が仕事で扱う宝石も地上に落ちた星みたいだなって……だから、私の職場は小宇宙かもしれないって考えたら、嬉しくなっちゃって。あれ? なんか上手く説明できないけど、伝わってますか?」


少し焦りながら、美空は夏彦の顔を見た。


「つまり、星も宝石も美しさに変わりはなくて、夜空はまさに宝石箱であり小宇宙。そして、君の職場もこの夜空のようにかけがえのない小宇宙ってことかな?」

「あ、はい、そうです! さすが萩原さん! 頭がいい人ってちゃんと要約できるんですね」

「ハハッ! ありがとう」


その時、美空はふと夏彦に聞いてみようと思った。それは、あの日母から聞いた言葉だった。聡明な夏彦なら、きっと自分とは異なる解釈をしてくれるかもしれないと考えたのだ。

少し緊張しながら、美空は口を開いた。


「あの……一つ聞いてもいいですか?」

「ん? 何?」

「子供の頃、母に言われたことが、どうも自分ではうまく解釈できなくて……」

「気になるなぁ……教えてよ」

「はい。昔、あるお姫様が流した『悲しみの涙』を瓶に集め、それを結晶にしたものがトパーズの宝石なんだって母は言ったんです。結晶を作るには、『喜びの涙』では駄目で、どうしても『悲しみの涙』じゃないといけないんだって……」

「へぇ……なんかロマンティックな話だね。神話みたいだ。でも、なぜ『悲しみの涙』じゃないと駄目なんだろう?」

「私もそれが分からなくて。あ、ちなみに、この話は神話ではなくて、母が創作したんだと思います」

「そっか。それならなおさら、その言葉の意味が気になるね」


夏彦は真剣な表情を浮かべ、考え始めた。

美空はその時、なぜだかわからないけれど、夏彦にならすべてを話してもいいのかもしれないと思った。

そして彼女は、勇気を出して口を開く。


「実は、母は父と結婚する前、別の人と付き合っていたんです。でも事情があってその人との結婚は叶わず、母は私を一人で産んで育てる決心をしたんです。その後、母は同級生だった父と再会し、頻繁に会うようになり……父は昔から母に好意を抱いていたので、父の方からプロポーズをしたそうなんです」

「そうだったんだ……」


夏彦は少し驚いているようだったが、静かに美空の話に耳を傾けた。


「だから、『悲しみの涙』は、その報われなかった恋のことかなぁって。その涙が結晶になり、父からプレゼントされたトパーズの婚約指輪に変わった? つまり、『結晶』が意味するものは、トパーズの指輪かなぁって……こう解釈してもいいんでしょうか?」


美空の話を聞いていた夏彦は、腑に落ちるものがあった。


(そうか……彼女が時折見せる淋しそうな表情は、これが理由だったのか……)


夏彦は初めて美空に会った時から、彼女の胸に秘められた淋しさのようなものを感じ取っていた。何がその原因なのか、今やっとわかったような気がした。


(彼女は自分の存在意義を見失っているのかもしれない……)


そう思った夏彦は、静かに口を開いた。


「お母さんの言葉をシンプルに考えるとそうかもしれないね。でも、僕なら、少し違う解釈をするかな」

「え? それはどういう風に?」


美空は期待に満ちた瞳で夏彦を見つめる。


「確かに『悲しみの涙』は、前の恋人との別れのことかもしれない。その後、お母さんはたくさん悩み、たくさん苦しんだ。その時の涙を瓶に集めて結晶にしたのかもしれない。ここまでは、僕も同じ解釈だよ。でも、その『結晶』がお父さんとの出会いによってトパーズに変わったというところが、僕とは少し違うかな」


美空は、夏彦がどう解釈したのか気になった。


「それは、どんな……?」

「君は、その『結晶』の意味するものが、お父さんからお母さんへ贈られたトパーズの指輪だと思ってるよね? でも僕はそうは思わない。僕が考えているのは、一体何だと思う?」


美空には、頭の良い夏彦が、その『結晶』のことをどう捉えているのか、まったく想像がつかなかった。

凝り固まった自分の思考を覆してくれるような何かが、きっとそこにはある____そう思うと、美空はますます気になる。


「教えてください! あなたはどんな風に解釈したの?」


美空が問いかけると、夏彦は穏やかな笑みを浮かべながら静かに答え始めた。


「じゃあ、答えるね。その『結晶』っていうのは、『君自身』なんだ」

「……え?」

「ハハッ、まだわからない? お母さんにとってのかけがえのない『結晶』は、君なんだよ!」


夏彦はそう言って笑った。


(えっ? どういうこと? よく分からない……)


美空は頭が混乱していた。そこで夏彦が説明を続けた。


「お母さんは、君をとても愛おしく大切に思っていた。君が誰の子で~とか、誰が新しい父親になるか~とか、そんなことはどうでもよくて、心の底から君のことを大切に思ってたんだね。だから、君という命を宿した瞬間から、お母さんにとっての『結晶』は君だったんだ。だから一人で産む決心をしたんだよ。前の恋人との悲しい記憶なんて、君の存在に比べたらきっと大したことではなかったんじゃないかな。お母さんの悲しみは、君の存在ですべて喜びに変わったんだ。そして、お母さんは『君』という宝物を抱えている時、偶然お父さんと再会した。だから、『結晶』が意味するものは、君自身のことなんだよ!」


夏彦の説明を聞き、美空は言葉にできないほどの衝撃を受けていた。


(私が? 私が『結晶』だったの……?)


その瞬間、美空の瞳に涙が溢れ出した。


(お母さん! お母さんが言ってた『結晶』は、お父さんから贈られたトパーズのことじゃなくて、私のことだったの? お母さんは心から私を産みたいと思ってくれていたの? お母さんは私に会いたくて、一人で産む決心をしたの? 私は生まれてきて良かった命なの?)


涙はとめどなく流れ、美空の胸の中に一筋の光が差した。

美空は両手で顔を覆い、号泣し始める。その呻くような泣き声は、胸を締め付けるほど切なかった。


美空が泣いている隣には、夏彦が静かに寄り添っていた。


(お母さん……私はあなたに愛されていたんですね。お父さん……あなたは母と私をとても大きな深い愛で包んでくれていたのですね)


涙を流しながら、美空は心の中でそう語りかけた。


美空は今、父と母の計り知れない大きな愛を感じていた。

そして、不倫をした母に違和感を覚え、父が母に利用されたのではないかと疑っていた自分を恥じた。


(ごめんなさい……ごめんなさい……今、私は、あなたたちの深い愛を感じています……)


泣きながら、美空は心の中でつぶやいた。


隣にいた夏彦は、ふと夜空を見上げた。その時、立て続けに二つの流れ星が夜空を横切っていった。

それはまるで、美空の両親からの合図のように感じられた。


流れ星の流星痕を見つめながら、夏彦はそっと美空の肩に手を添える。

そして、夜空に輝く星を見つめながら、泣き続ける彼女の肩をそっと引き寄せた。

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