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信号が青に変わった。
聞き慣れた機械的なメロディが流れ、人がひとつの集合体となって行進する。
そうか……。
十字路ならどこでもいい。彼はそう言っていた。
今頃になって足元に落ちてる小さな破片に気が付く。それを、指を切らないように拾い上げる。
待ちに待った十時十分十秒。清心は“そこ”へ行くために目を瞑って意識を研ぎ澄ませた。
いっときの停止の後に飛び込んでくるのは混じり気のない白。
馬鹿にしつつも待ち望んだ『異世界』は、とてもつまらない景色だった。想像していたのは騎士や商人がいて、ドラゴンや秘密のダンジョンがあって、驚くような事件に巻き込まれる世界。
けどここには何もない。ひたすら白い、箱庭のような空間。いまいち盛り上がりに欠ける。
目の前の景色を認識したとき、そんなことを思ってしまった。だがそれを悟られてはいけない。
目の前に佇む彼。ここでは彼が王だから。
白に同化する、肌の白い少年。
自分が名付けた、白露。彼は影のかかった顔で微笑んだ。
「久しぶり。……お兄さん、名前何だっけ?」
床とも言えない白い平面が歪む。
恐らく、この関係にも。
来る度に生じる障害。これはきっとなくなることはないだろう。
「久しぶり。清心、だよ」
「あっ、そう! 清心だ! 綺麗な名前なのに、もう忘れちゃったよ……ごめんね」
白露は申し訳なさそうに眉を下げる。それは気にしないように強く言った。仕方ないんだ。自分の名前すら忘れた彼に、俺の名前を覚えろというのも酷な話。
俺は彼の顔は忘れても、名前は覚えている。
彼は俺の名前を忘れても、顔は覚えている。
だから何とか関係を続けられた。ちょっと話せば、すぐに白露は色々と思い出して甘えてきたから。
「清心、何か元気ないね。最近来なかったから心配してたんだけど、……何かあった?」
「ううん。ごめんな、本当はもっとたくさん来てやりたいんだけど」
「いいんだよ! たまに来てくれるだけですごく嬉しい! ……実は交差点の景色がね、時々すーっと見えるんだけど、清心がいないか捜したりするんだ。それが結構楽しくて」
白露は正座しながら、この世界について話してくれた。きっと毎日色んなことを思ってるんだろう。誰にも伝えられないから莫大な量になって溜め込んでいたようだ。
言葉は堰を切ったように溢れ、途切れることはない。ひとつ、またひとつと話題は新たなものへスライドする。
十。
信号。
床。
音も光も一定してる、外の者がアクセスできる世界。
何もないのは、何も求めないせいだと彼は言う。