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マーサに用意してもらった昼食を森の中で食べてから、葉月は館の周辺で採取可能な薬草の見分け方をベルから指南されていた。
大抵の薬草は街から仕入れることができるので、危険を冒してまで森の中に入る必要はないが、知識として頭に入れておいても損はない。
薬作りだけで生計を立てている魔法使いなら、自分で用意した方が利が大きいと薬草採取から行う者もいるが、ベルに至ってはそうではない。省ける作業工程は出来限り省く。効率重視だ。
摘んだばかりの薬草はまず乾燥させないといけないので、とにかく面倒なのだ。
自分で採取した方が薬効があるとかなら考えるけど、別にそういう訳じゃないなら楽な方が良い、ということらしい。薬の品質は優先するけど、手間のかかることは極力避ける。
ベルに習いながら、目的の薬草以外もたくさん収集できたところで、二人と一匹は館に戻ってきた。
集めてきた薬草は、すぐに使わない分を日の当たらないところに干しておく。すぐに使う物は壺にまとめてから魔法で水分を飛ばして乾燥し、その後はいつも通りの粉砕の作業。
葉月が調薬している横で、ベルはまた違う薬草を乾燥していた。乾ききったそれを適当な量だけ取り出してポットに入れると、手を触れてお湯を沸かす。
「薬草茶ですか?」
答える代わりに微笑むと、葉月用のカップに注ぎ入れて手渡した。受け取ってから香りを嗅ぐと、いつものお茶よりもほんのりと甘い匂い。
「安眠効果のある薬草を混ぜてみたの。よく眠れると良いんだけど」
近いうちに取り寄せるつもりでいた薬草をちょうど見つけることが出来たので、ついでに少し摘んできていた。いつものお茶に混ぜてみたが、どうだろうか。
淹れたてを口に含むと、ハチミツのような優しい甘さが広がって、葉月は自然に溜息が漏れた。甘いものは正義だ。
言葉では何も言われなくても、その表情が全てだと、ベルはふふふと笑みを漏らした。
二人がお茶を飲んでまったりしている時、マーサが扉を叩く音が聞こえてきた。
「失礼いたします。今日の荷物にこちらも含まれていたようです」
今朝にクロードが本邸から運んできた荷物に紛れ込んでいたという一通の封書を携えて、世話係が顔を出した。
受け取った物を裏返して、ベルが名前を確認する。
「あら。先生からよ」
「サイトウ先生?」
差出人名を葉月にも見えるようにと掲げる。
葉月のような別世界から来た迷い人の研究をしているケヴィン・サイトウは調査の為に隣領のシュコールを訪れていた。確か、彼自身と同じように迷い人の末裔の可能性がある一族がシュコールにもいるという情報を追っていったはずだ。
封を開けると、中には3枚の紙。折り畳まれた一番上のはケヴィンからの手紙で、残りは何かの複写した物のようだった。
1枚目にさっと目を通してから、ベルは後の2枚を葉月に差し出した。
「シュコールの迷い人の家に残されていた文書の複製だそうよ」
読めそう? と渡された紙に視線を落とし、葉月は眉を寄せた。
ケヴィンの家に伝わっていたメモは漢字とカタカナで書かれていたので読むことはできたけれど、今回のはさらに古い文字。つらつらと繋がった文字列は、古典の教科書に参考資料として載っているような物で、言ってみれば古文だった。ただの高校生の葉月には解読するのは難しい。
「ちょっと古過ぎて、読めないです」
あら、そうなのね、と特に残念そうでもない様子のベルは、間違いなくケヴィンの持ってくる物には何の期待もしていなかったのだろう。現に、以前の文書はただの愚痴メモでしかなかったから。
「あ、でも、この時代に字が書けるってことは、身分の高い人だと思います」
書かれていることは分からないけれど、まだ識字率の低い時代に字が書けて、苗字も持っていたということはそれなりの家の出だということくらいは分かる。
「そういう情報でも、先生なら喜びそうね」
食べ物へのただの愚痴メモでもあれだけ興奮していたのだ、今回はどんな反応をするのかが楽しみだと二人は顔を見合わせて笑った。
手紙にはもうすぐグラン領へ戻りますと書かれていたけれど、隣領へは馬を飛ばせば半日くらいの距離だ。郵便のタイミングによっては彼の帰宅の方が早い可能性はある。
「あの先生のことだから、明日にでも来そうよね」
「ですね」
予想通り、翌日の朝早くに結界に入る気配があった。
朝食後にソファーに腰掛けてベルの父の冒険譚の続きを読んでいた葉月は、せわしなく入口扉が叩かれ、慌てて出迎えに行くマーサの足音に顔を上げた。
「朝早くから申し訳ありません」
入口から聞こえて来た聞き覚えのある声に、首を伸ばしてそちらを向いた。対応するマーサ越しに見えたのは、何だか以前とは印象の変わったケヴィンの姿。髪は短く整えられ、無精ひげもない。そして、ちゃんと上着を羽織った正装だ。
ボサボサの髪と髭面で普段着そのままだった彼とはまるで別人で、マーサはすぐには気付いていないようだった。当初のマーサは彼のことを不審者扱いしていたくらいなので、その印象が強いのだろう。
「おはようございます。サイトウ先生」
後ろから掛けられた葉月の声に、ようやく彼が誰だかを気付いたマーサは目を丸くしている。すぐにソファーへと案内して、主を呼びに二階へと上がっていった。