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何もできないまま、俺は隣に座っていた。遙の肩が時折、かすかに震えるのを感じながら。
——触れたい、と思った。
でも、それ以上に、触れてはいけないような気がした。
遥がどんな思いで、自分の過去を俺に隠して、笑って、そして今もここに座っているのか。
ぜんぶ知ってるわけじゃない。でも、知らなきゃいけないと思ってる。
俺の隣で、遥は言った。
「触られるのが当然だった。断ったら捨てられる……それしか、なかったから」
それを聞いても、俺はすぐに何も言えなかった。
言葉が、喉の奥で詰まる。
「怖い」と言った。
俺が触ることが、遥には怖いことだった。
なのに、俺はその肩を貸している。隣にいる。それが本当に「正しい」のかすら、わからなかった。
俺は……どうしたらいい?
優しくすればするほど、遥を追い詰めている気がした。
何も奪わず、何も要求せずにいることで、遥の中の“正しさ”が崩れていくなら——
それは本当に、優しさなんだろうか。
遥の心の中では、
“奪われること”が愛のかたちだった。
“何かされる”ことでしか、自分の価値を感じられなかった。
そんな遥が、「それ以外の世界」に引きずり出されそうになって、苦しんでる。
その“引きずってる”のが俺だと思うと、息が詰まりそうだった。
でも——
それでも、俺は遥に何もしないで、ここにいる。
「触れてくれ」と言われても、簡単に応えることはできない。
あいつの“求め”が、どれだけゆがんでいるかを知っているから。
俺がそれを受け入れてしまったら、遥の中で「また正しかった」に戻ってしまう。
それが、怖い。遥の生き方を肯定してしまうのが。
けれど、それを否定してしまうのも怖い。
遥が生きてこられた唯一の方法だったのに。
俺なんかが、それを壊してもいいのか?
答えは出ない。ずっと、出ない。
だけど——
遥が俺の肩に頭を預けてきたとき、その重さは、思った以上に軽くて。
壊れてしまいそうで、俺は無言で、ただそっと受け止めた。
「……見捨てないでくれよ」
その言葉が胸に刺さる。
——見捨てないよ。
見捨てるなんて、そんなこと、するもんか。
そう言ってしまいたい。でも、口に出した瞬間、何かを壊しそうな気がして。
だから俺はただ、肩の重さを受け止めていた。
声にならない答えを、遥に伝わることを願いながら。
※日下部は、沈黙の中で遥の過去と歪みを尊重しながらも、彼を苦しめる構造そのものを壊してしまいそうな“自分の存在”に怯えている。
遥に何もしていないのではなく、「何もしないことを選び続けている」日下部の不器用な優しさなのです。