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日下部の肩に頭を預けたまま、俺は目を閉じた。
……何もされない。
何も言われない。
ただ、受け止められている。
そのことに、
どうしようもない“怖さ”がこみあげてくる。
痛いことも、乱暴なことも、
当たり前みたいにされてきた。
される方が“安心”だった。
「価値のあるもの」は、身体で証明してきた。
体温も、鼓動も、汗も、喘ぎも、
全部差し出して、ようやく「居場所」ができると思ってた。
でも——
今、日下部は、なにも求めてこない。
だから怖い。
ほんとうに怖い。
俺がただ、こうして頭を預けてるだけで、
日下部は黙って、受け止めている。
「なにもしないの?」って聞きたくなる。
「抱かないの?」「触らないの?」「欲しくないの?」って。
でもその言葉の奥にあるのは、
ただの“確認”じゃない。
もしも「しない」って言われたら——
俺は、また無価値に戻る気がして。
「されない」=「いらない」
その式を、自分の中で何十回も繰り返してきた。
なのに日下部は、それを全部ひっくり返してくる。
暴力もなく、強要もなく、
ただ俺が苦しむのを、隣で見てるだけ。
たぶん、優しいんだ。
わかってる。でも。
その優しさが、俺の中の“正しさ”を否定してくる。
優しくされるたび、
「なんで?」って思う。
「なにを返せばいい?」
「どうすれば見捨てられずに済む?」
わからない。
わからない。
無償でいられることが、こんなに痛いなんて。
「……俺、わかんねえよ……」
声が震えていた。
「……なんで、何も……しないんだよ……」
日下部は、何も言わない。
それでも、そこにいた。逃げなかった。
「やらなきゃ、いけないんだろ……俺が……」
心が叫んでいる。
それでも、日下部は言った。
「……違う」
たったひとこと。
でも、それが俺の中の何かを壊した。
ぐしゃぐしゃになって、ぐらぐらして、
何が正しいのかも、もう、わからなくなる。
無償の愛なんて、信じてこなかった。
それが目の前にあるような気がして、怖くてたまらなかった。
——逃げたい。
でも、ここから逃げたら、もうきっと戻れない。
だから、俺は肩を震わせたまま、日下部の胸元に顔を埋めた。
何も答えが出ないまま、ただ、そうしていた。
※補足。
このシーンは、遥の「愛されるために身体を差し出す」という価値観が崩れ始める瞬間です。
日下部の「何もしない」ことが、遥にとっては「見捨てられた」ように感じるという歪んだ感覚と、
そこに芽生える違和感や希望のようなものの混在が、彼を静かに引き裂いていきます。
「わからない」「怖い」と言いながらも、逃げずにそこにいる遥の姿は、
破壊ではなく、“再構築のはじまり”かもしれません。