テラーノベル
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タンッ、と軽い音で高く飛び上がり、巨大な斧を魔物の触手に垂直に振り下ろした。
あれほど強固だった魔物が悲鳴をあげる。
肉が弾け、地面が陥没した。
(なんて力だ……!)
夢猫は攻撃を止めない。
襲い来る触手を次から次へと斧で叩きつけ、切り刻んでいく。
空中に浮かんでいるコメント欄が加速していく。
『夢猫ちゃん、いけー!!』
『何これ、かっこいい! 惚れる!』
『殺せ! 殺せ! 殺せ! 殺せ!』
熱狂したコメントに呼応して、斧の威力が更に跳ね上がっていく。
「あはは、皆ありがとう! 夢猫どんどん強くなるよ」
魔物が切り刻まれる度に、紫の体液を撒き散らしていく。 返り血が、夢猫の白い肌に飛び散る。 彼女はそれを拭うことはしなかった。
恍惚とした表情で、コメント数を確認して喉を鳴らして笑う。
「あはは! 見て! 数字が、止まらない……!」
見開いた瞳にコメントが映り込んでいく。
頬を赤らめ、明らかに普通ではない状態になっていた。
「……もっと」
その声は、酷く官能的だった。
「もっと、夢猫を熱くさせて?」
叫ぶと同時に巨大な斧を抱えたまま、魔物のところに駆けていった。
目の前で繰り広げられる一方的な虐殺。
先程まで俺たちを追い詰めていた魔物が、見るも無惨な姿に変えられていく。
『すげええええええええええ!!!!!』
『何これ、神回!』
『夢猫ちゃん! 愛してる!!!』
夢猫が斧を振るうたび、紫の血飛沫が飛び散る。 触手が暴れ狂って彼女に向かって叩きつけられるが、それを舞うように避けていく。
あれだけ恐ろしかった魔物が、まるで雑魚敵のようだった。
「夢猫ちゃん……」
自分が助けたかったはずの女の子が、自分を遥かに凌駕する暴力の化身だった。
腰が抜けて座り込んでしまう。
手の震えが止まらない。
彼女の豹変っぷりに恐怖を感じたが、血の海で踊るように斧を振るう彼女が美しく目が離せない。
俺は震える体で、無意識に彼女の動きを目で追っていた。
危なっかしく、制御不能。
でも、その暴力的なまでの才能に、俺の魂が惹きつけられている。
(この子は……怪物だ)
目の前で魔物がただの肉塊に変えられていく。
(俺がいないと生きていけないような弱い子じゃない。俺を踏み台にして、もっと高いところにいける怪物だ)
……だが、怪物の体力にも限界がある。
「はぁ……はぁ……っ! キリがない……!」
夢猫の呼吸が荒くなっている。 魔物の再生速度が異常だ。
切っても切っても、新しい触手が生えてくる。
俺の脳内で、冷静な自分が囁いた。俺は戦場の全体を凝視する。
魔物の動き。
触手の再生パターン。
そして、夢猫の動き。
(……見えた!)
触手が再生する時に、一瞬だけ中央の巨大な目玉が無防備に開く。
(あそこが弱点だ!)
今の夢猫に必要なのは、ただの応援じゃない。勝利へ導く指示だ。
俺は腹の底から声を張り上げた。
「夢猫ちゃん!! 触手じゃない! 弱点は目玉だ!!」
戦場に響く俺の声に、夢猫が一瞬だけ反応する。 彼女がニヤリと笑った瞬間、一際大きな触手が背後から迫った。
彼女は高く飛び上がり、その触手に着地した。
触手の上を斧を構えたまま走っていく。向かった先は魔物の本体。
全身が震える。
これまでにないような高揚感だった。
(これだ……この感覚だ……! 俺が求めていた関係は!)
「さぁ、終わりだよ」
ギョロギョロと大きな目が夢猫を見つめる。
ドスッという鈍い音と共に、目玉に斧が食い込む。
魔物の叫び声が洞窟内に響き渡った。
「夢猫を楽しませてくれてありがとうね。じゃあ……バイバイ」
夢猫は巨大な斧を大きく振り下ろすと、魔物の本体が真っ二つに割れた。
中から紫色のドロドロとした液体が溢れ出てくる。
トン、と軽い足音とともに夢猫が地面に着地する。
魔物はピクリとも動かなくなった。
(……勝った)
返り血でドロドロになった夢猫が、俺の元へすっと歩み寄る。
目が合うと彼女は、笑みをこぼす。
しかし、危険な何かを連想させる、マカロンに毒薬を垂らしたような笑みだった。
俺は正直、見惚れていた。
呆然としていると、夢猫の口が開いた。
「おすわり」
(は……? おすわり……???)
全く意味がわからなかった。耳を疑って固まってしまう。
すると、彼女は氷のように冷たい表情となり、再度口を開いた。
「おすわりって言ったでしょ? 言うことが聞けないの?」
「え……っ? は……?」
「ワン、でしょ?」
(ど、どどどどど、どういうことだ?)
「返事は、ワンでしょ?」
ゴミを見るような目。
……なのに、抗うことができない。
上司からの理不尽な命令。
絶対的な強者からの指示。
それに逆らうという選択肢は、俺の辞書からとっくの昔に削除されている。
気づくと俺は、その場に跪いていた。自分から膝を折ってしまっていたのだ。
「……ワン」
悔しさはない。
むしろ、役割を与えられたことに、安堵すら覚えていた。
すると、夢猫がそっと手を伸ばし、俺の頭を愛おしそうに撫でた。
「いい子だね。夢猫のワンちゃん」
視界には、嬉しそうに微笑む夢猫と、大量の嫉妬と殺意にまみれたコメントが映っていた。
『言ったwww』
『うわぁ……』
『ご褒美ありがとうございます』
『俺も言いたい』
もはや俺は、何も考えられなくなっていた。
(そうだ。俺にはどこにも逃げ場はないんだ……)
そんな俺の気持ちとは裏腹に、薄ぼんやりとしたホログラムの文字が浮かんだ。
『討伐完了:猫塚夢子(SYSTEM ID:001)、犬飼真守(SYSTEM ID:002)』
『報酬500Gと経験値を獲得しました』
やっと終わったという安堵と同時に、次の絶望を告げる文字が現れた。
『次回クエストが解放されました』
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