テラーノベル
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放課後、誰もが帰り支度を始める時間。
窓際では、日下部が遥の荷物を持っていた。
その手付きは、もはや自然だった。
「……あいつら、なんか付き合ってんの?」
ぽつりと、女子が呟いた。
それは疑問というより、確認のようなものだった。
「えー、前はあんなに嫌われてたのに?」
「てか、あのとき日下部、めっちゃ怒ってたよね。遥のために」
──“遥のために”。
その響きが、教室に微かな湿度を生んでいた。
ざわつきではなく、“腫れ物”を見るような妙な沈黙。
そこへ、蓮司が戻ってくる。
制服のシャツの裾は出したまま。
鞄すら持っていない。
くたびれた靴音だけが、教室に入り込む。
「……なに? いい感じになってる?」
蓮司は、わざとらしく周囲に聞こえるように言った。
笑いながら。だが、冷えた笑いだった。
「意外とチョロいよな、日下部。……あいつ、案外、見た目に弱いんじゃね?」
冗談めいた声。
けれどその軽さの裏にある毒の成分に、何人かの顔がこわばった。
「まあ、いっか。どうせまた裏切られるんだし、あの子」
蓮司は“あの子”とは言わない。
だが、確実に遥のことを指していた。
女子の一人が目をそらした。
誰もが知っている。蓮司は、人の一番痛い場所を選んで踏む。
「前の学校でもそうだったじゃん。ね? ほら、例の噂」
「え、何の話?」
わざと聞こえるように、近くの男子が食いついた。
蓮司は笑ったまま、肩をすくめる。
「ううん。いいの。どうせ誰かが喋るし」
それだけ言って、何でもないふうに窓を開ける。
入ってくる風で、誰かのノートがめくれる。
──それは、“風”のかたちをした合図だった。
すぐには何も起こらない。
だが、確かに教室の空気は少しだけ傾いた。
誰かが、日下部をちらりと見る。
誰かが、遥の方に目をやる。
そして──誰も、声をかけない。
蓮司は、まるで何もしていないように笑っていた。
けれど、それだけで充分だった。
「守ってるように見える関係」は、最も歪みやすい。
蓮司は、そこに手をかけただけだ。
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