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#ヒューマンドラマ
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#大衆食堂
親分は、一人残され、ぶつくさ言っている。
とは言うものの、それを聞く相手は誰もおらず、一人でいるには広すぎる座敷で、チビチビと酒を飲むしかなかった。
「全く、なんでぇ、二人とも血相かえて。せっかく、ハリソンに会えたのによお。頼んでいた、原宿界隈の土地が手に入りそうか聞きそびれるし」
「あら、ハリソンさんは、土地の売買も?というよりも、お二方は、お帰りに?」
聞こえて来た、女将の声に、親分は顔を上げた。
「親分!わかりましたよ!勝代の娘は、美人番付に応募していたそうで、予選を通過したとか。その写真を見て、高井子爵が目をつけたと。まあ、なにやら、はすっぱな娘のようでねぇ、子爵は、えらく気に入ってましたが、というよりも、あちらの財産目当てなんじゃないでしょうか?何せ、天下の柳原商店でしょ?」
子爵の座敷から戻って来た女将は、一気にまくし立てる。
親分は、始めて聞いたかのような素振りで、ほぉと、大きく声を発した。
「で、結納は、来週だそうです!場所は、新橋、宝来亭」
「女将、宝来亭といえば、最近出来た、貸座敷じゃねえか?」
「ええ、茶屋が、一般へ部屋を貸し出してるんですけど、その一室で、ってのも、子爵らしい。でも、下手に、今流行りのホテルなんぞ使うより、よっぽど、設えも、心配りも上等ですからね」
「新橋か。やっぱり、勝代の姿が過るねぇ」
ええ、と、女将も、親分の呟きに同意している。
「うん、邪魔したな。鬼キヨに知らせてやるとするか。まあ、そのうち、声がかかると思うが、そんときゃー、力になってやってくれ」
「ええ、親分さん、わかってますよ」
女将は、極上の作り笑いを親分へ向けた。
そして。
金原の帰りを待つ事で、櫻子は、成田屋から渡されたドレス用の生地を手に取り、頭を悩ましていた。
「あれ、櫻子ちゃん、まだ、やっていたのかい?」
櫻子と金原の部屋とも言うべき、納戸の入口から、お浜が顔を覗かせた。
「ああ、お浜さん、生地幅が異なるので、どうやって、裁断すればよいのか……」
「うーん、だよねぇ、生地の耳の
位置が異なるから、端の処理に困る。と、いうことだよね?」
お浜は、生地を手に取り、幅の寸法を目測で確かめている。
「着物用の生地は、やはり、そのまま縫えば良いように身幅を考えて織られているのですね……今まで、深く考えてなかったけれど……」
「まあ、仕方ないから、袋縫いなり、なんなり、少し手間かけて、裁断処理って、ことしかないよねぇ。切りっぱなしじゃ、ほつれてしまうだろうし」
そこなんですと、櫻子は、お浜に頷いた。
「仕方ない。櫻子ちゃんのことだ、縫わなきゃ、気がすまない。だろ?あたしも、手伝うよ」
成田屋の一件を聞いているお浜は、櫻子へ向かって目を細めた。
「お玉の寸法は、分かってるかい?」
「はい、それは、採寸したので……」
言いながら、櫻子は、ベッドを見た。
お玉が、すやすやと、ベッドで眠っている。
「お玉ちゃん、ベッドが始めてだから、喜んで。さっきまで、飛び跳ねて大騒ぎだったんですよ。疲れたのね、きっと」
「だよねぇ、お玉も、色々あったから」
はははと、お浜が笑った。
「まあ、色々あったのは、何もお玉だけじゃないけどさ」
ちらりと、お浜に視線を送られて、櫻子も、ふふっと、小さく笑った。
「……櫻子ちゃん、やっと、笑ってくれた。これからは、もっと、笑っておくれよ。そうそう、キヨシなんぞ、たまらないんじゃないのかねぇ」
金原の名前を出され、櫻子は、びくりと肩を揺らして俯いた。何故か、顔が火照ってたまらない。
「ははは、いい感じじゃないかい!これで、夜の方が上手く行くといいんだけど。キヨシは、何をやってんだか、まったく!」
「お、お浜さん!!」
「あら、やだねぇ、もう、あたしったら。なんていうか、花の盛りを過ぎると、口も過ぎると言いますか……」
照れる櫻子を、お浜は嬉しそうに見ると、さあ、始めようと、生地を広げた。
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