テラーノベル
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カチカチと、置時計の秒針が、規則正しい音を出す。
お玉の着物を縫うために、櫻子とお浜は、どうにかこうにか、洋服生地を断ち、黙々と縫い針を動かしている。
「……おや、こんな時間。櫻子ちゃん、今日はもう仕舞いにしよう」
お浜を追うように、柱時計の音が、ボーンと流れて来た。
「まあ、もう、日付が変わってしまいますね。でも、私は……」
変わらず、黙々と作業を続けている櫻子をお浜は、にが笑った。
「ああ、そうか。キヨシだね。野暮な事を言っちまったねぇ」
金原の帰りを待っているのかと言われ、櫻子は、思わず顔を上げていた。
あれ、図星?と、お浜は、更に笑うと、櫻子の手元から、生地を奪う。
あっと、驚く櫻子へ、
「こうでもしないと、櫻子ちゃん、無理するだろ?あとは、あたしが、縫っておくよ。どうせ、あと少しだし」
ふふと、お浜は、小さく笑った。
「でも、お浜さんにだけまかせるのも……」
「……そうは、言うけどね……」
櫻子を休ませようと、櫻子から縫いかけの生地を奪ったお浜は、何故か考えこんでいる。
「……櫻子ちゃん、思ったんだけど、共布で、髪飾りを作らないかい?いや、髪飾りだけじゃないよ!ちょいと、ごめんよ!」
いきなり、お浜は立ち上がると、櫻子の肩へ、持つ生地を当てた。
「やっぱり、いける!どうだろう?大人寸の、羽織を仕立てるのは?子供と親が揃いの格好をするんだよ。いや、別に親子で、って縛らなくてもいい。子供寸と大人寸を用意しておけば、誰でも、洋服地の着物が、着れるだろ?」
ちょいと、お待ち!と、お浜は、ますます勢いづき、別の生地を櫻子の腰回りに当てた。
「櫻子ちゃん!帯だよ!そうだ。やっぱり、洋服地で、着物や羽織は、くどくなるね。帯ぐらいで、止めておくのがいい……」
うーんと、お浜は、更に考え込む。
「お浜さん!その考えいいですね!そもそも、大人のドレスの生地ですもの!大人の着物、いえ、帯でも、なんでもいいわ、大人向けにも、何か作るのは、とても、素敵だと思います!」
「だよね!そうだよね!櫻子ちゃん!」
櫻子は、お浜の才覚に驚きを隠せなかった。自分には、到底思いつかない考えだと、つい、羨望の眼差しを手向けてしまう。
「あら、やだよ、あたしったら。櫻子ちゃんが、成田屋から受けて来た話なのにね。余計な事を言っちまったね」
「いいえ!とんでもない!お浜さん!その話、成田屋さんに!」
そうだ、金原も、お浜に仕切らせろとか、その様な事をいっていたのいたような気がする。ふと、成田屋の店を思い出した櫻子は、自分では、どのみち、荷が重すぎると、お浜の説得にかかる。
「……でも、櫻子ちゃん、あたしなんかが……」
「余計な口出しじゃあありません!私では、成田屋さんとうまく話もできないし、お浜さんに、ついて来て欲しいんです」
「でもねぇ……」
お浜は、渋り、なかなか了解しなかった。
「お浜、一緒に行ってやれ」
戸口に、金原が立っている。
「あれ?キヨシ?帰って来たのかい?というよりも、何処からいつの間に入って来たんだい?
「縁側だっ!」
金原の嫌みっぽい呟きに、お浜は、あーー!と、叫んだ。
「だから、どうして、縁側の雨戸を、閉め忘れる?あそこは、雨戸を、閉めなくては、開けっ広げになるだろうが?!」
無用心極まると、金原は、不機嫌な顔を崩さない。
「これと成田屋へ行って、話をまとめるなら、まあ、許してやる」
「ありゃ、一本とられたというよりも、はめられたかぁー」
仕方ないと、お浜は、諦めつつ、櫻子へ大きく頷いた。
着物を仕立てて持って行けばそれで終わり、という話ではないと、櫻子も、思っていた。少なくとも、商い事の話になるだろう。そこをどのように、応対すればよいのかと、気が重かったのだ。
お浜が、思いついた案件を持って行けば、きっと、成田屋側も喜ぶに違いない。
櫻子は、思わぬ助けが出て来たと、安堵した。
「決まり、ということで、いいな?」
金原がお浜に念を押す。
「はい、わかりましたよ。櫻子ちゃんのため、ですからね。そんじゃあ、あたしは、お邪魔でしょうから、退散、退散!」
縫いかけのお玉の着物を持って、お浜は、にやつきながら、部屋を出て行く。
「まったく、なんだ、こんな時間まで、休めと言ったろうに」
今度は、櫻子へ金原の叱咤が向かった。
「も、申し訳ありません。旦那様のお帰りをお待ちして……」
「……待たなくても、いい……」
櫻子の返答が、意外だったのか、金原は、どこか落ちつきなく、言った。
そして、取り繕うように、
「しかし、お浜も、面白い事を思い付くもんだな……」
などと、お浜の考えに、少しばかり唸った。
「本当に、そうですね。お浜さん、すごいわ」
櫻子も、金原の言葉に、つい、乗っかるが、同時に、二人して、はっと息を飲むと、さっと、それぞれ、顔を反らす。
が、その先には、ベッドがあり、お玉がすやすや眠り込んでいた。
「おい、あれは……」
「お玉ちゃんが、寝ていたんだわ!」
まあ、構わんがと、金原は、お玉を見る。
「……お玉ちゃんを起こすのは……」
櫻子に、金原も同意してか、
「……川の字……ということか」
などと、諦めのような事を言う。
「あの……」
「三人で、寝るしかないだろ」
金原の釘を差すような物言いに、櫻子は、こくんと頷くしかなかった。
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