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それを捲ると、商業施設の完成予想図や
花と緑がふんだんに使われた空間デザインのイメージパースが鮮やかに描かれていた。
「今回リニューアルする商業施設は、都心でも有数の規模を誇る場所で、ターゲット層も非常に幅広い」
「だからこそ、訪れるすべての人に、心地よさと驚きを提供できる空間にしたいんだ」
朔久の声は、先ほどまでのプライベートな会話とは打って変わって
ビジネスマンとしての鋭さと情熱を帯びていた。
朔久の言葉一つ一つに、確固たるビジョンと自信が感じられる。
「特に、楓に担当してもらいたいのは、エントランスホールと、最上階にあるイベントスペース、それから各フロアの休憩スペース」
「これらすべてを、楓の『陽だまりの向日葵』のコンセプトで、花と緑の力を最大限に活かした空間にしてほしいんだ」
朔久は胸ポケットから取り出した赤ペンで、具体的な場所を指し示しながら説明する。
俺は、資料を食い入るように見つめ相槌を打ち頭に内容を入れていく。
エントランスホールは、吹き抜けになっていて
天井まで届くような大きな植物を配置するイメージが描かれている。
イベントスペースは、季節ごとに表情を変えるような、ダイナミックな装飾が求められているようだった。
「もちろん、予算も十分にあるし、資材調達や施工のサポートも、WAVEMARKの専門チームが全面的にバックアップする。楓には、純粋にクリエイティブな部分に集中してほしいんだ」
朔久の言葉に、俺は思わず息をのんだ。
これほど大規模なプロジェクトを
これほど手厚いサポート体制で任せてもらえるなんて、想像以上だった。
「朔久……こんなプロジェクトで俺を推薦してくれたのは凄く感謝したいんだけど、本当に、俺でいいの?」
思わず、不安が口をついて出た。
俺の花屋は、確かに地元では評判がいいけれど、こんな大舞台での経験はない。
朔久は、俺の言葉にフッと笑みをこぼした。
「もちろん、楓のセンスはこのプロジェクトに必要不可欠だと確信してる。それは俺が保証するから安心して」
その言葉は、まるで魔法のように、俺の不安を溶かしていく。
朔久の真っ直ぐな視線に、俺は彼の揺るぎない頼を感じた。
「楓の『陽だまりの向日葵』は、ただ花を飾るだけじゃない。そこにいる人の心を温かくして、前向きな気持ちにさせる力がある」
「楓自身も何事にもひたむきで、負けず嫌いなところもあるし。俺は、その力を信じてる」
朔久の言葉は、俺の仕事に対する深い理解と
何よりも俺自身への頼が込められていた。
朔久が、俺の小さな花屋の、そして俺の仕事の真髄を見抜いている。
その事実に、胸の奥が熱くなった。
「……分かった、一度引き受けたからには全力でやらなきゃだし」
俺は朔久の目を見つめ、力強く頷いた。
このプロジェクトは、俺にとって大きな挑戦であり
同時に、自分の可能性を広げる絶好の機会だ。
朔久がこれほどまでに俺を信頼し
期待してくれているなら、その期待に応えたい。
いや、それ以上に、俺自身の最高の作品をこの東京の真ん中に創り上げてみたい。
朔久は俺の返事に満足そうに微笑むと、資料のページをめくった。
「ありがとう、楓。じゃあ、まずは具体的なコンセプトのすり合わせから始めようか」
朔久の落ち着いた声が耳に入る。
俺は企画書を広げ、ペンを握りしめた。
朔久の隣で、世界を相手にする仕事の一端に触れ
る。
その緊張感と、新たな挑戦への高揚感が、俺の心を支配していた。
朔久の存在は、やはり俺にとって安心するものなのだと改めて痛感した。
その後もプロジェクトについて、朔久と話し合いながら進めていく。
そして1時間ほどして、朔久は資料をまとめ始めた。
「よし、今日のところはこんな感じかな。楓、何か質問はある?」
俺は頭の中で今日の議論を反芻し、いくつか疑問点を投げかけた。
朔久は一つ一つ丁寧に、分かりやすく答えてくれ
る。
彼の説明は常に的確で、俺の漠然とした不安を払拭してくれる力があった。
「ありがとう、朔久。すごく分かりやすかったよ。これで、具体的なイメージが湧いてきたかも!」
「それはよかった。何か困ったことがあったら、いつでも連絡してくれていいから」
朔久はそう言って、俺の目を見て優しく微笑んだ。
その笑顔に、俺の胸がまた少し温かくなる。
「せっかくだから、少し施設内を見ていかない?楓が使いやすい場所を見つけておくといいよ」
朔久の提案に、俺は二つ返事で頷いた。
このコワーキングスペースは、できたばかりというだけあって、本当に綺麗で機能的だ。
「ていうかここ、すごく快適そうだよね」
俺が立ち上がると、朔久は俺の隣に並び、ゆっくりと歩き始めた。
「このフロアは4階なんだけど、広々としていて開放的でしょ?」
「うん、朔久の行きつけ、みたいなとこなんだ?」
朔久は周囲を見回しながら、まるで自分の持ち物のように誇らしげに説明する。
「そう。モダンな造りだけど、木の温かみもあって、落ち着く空間なんだよ」
「確かに、こんな場所で仕事ができたら集中力も上がりそう」
俺は素直な感想を伝えた。
朔久は満足そうに頷き、俺を連れて様々なタイプの席を案内してくれた。
まず目に入ったのは、個人席のエリアだ。
一つ一つのブースにはしっかりとした仕切りがあり、モニターが備え付けられている。
「ここは集中して作業したい時にいいよ。モニターも無料で貸し出ししてるから、必要なら借りてみ
て」
「へえ、すごいね。これなら、資料作成とかも捗り
そう」
次に案内されたのは、オープンデスクのエリアだった。
横との仕切りはないものの、目の前には鮮やかな緑の植物が配置されており
視覚的に集中を促す工夫がされている。
「オープンデスクは、ロータイプとハイタイプがあるんだ」
「ハイタイプは立って作業もできるから、眠くなった時や足がむくんだ時に利用するといいよ」
朔久がそう言って、実際にハイタイプのデスクに立ってみせる。
その姿は、どんな場所でもスマートにこなしてしまう彼らしい。
「なるほど…凄く整ってるんだね」
俺は感心しながら頷いた。
さらに奥へ進むと、半個室やソファー席が点在していた。
「ここはちょっとした打ち合わせや、リラックスして作業したい時に使えるかな」
「全席で飲食やWeb会議も可能だから、周りを気にせず使えるよ」
ソファー席は、ゆったりとした座り心地で、思わず身を預けたくなるような快適さだ。
「すご……至れり尽くせりだね。こんなに色々なタイプの席があると、その日の気分で使い分けられそうだし」
「だよね。あと、有料だけど完全個室もあるんだ」
「大事な会議や、本当に集中したい時はここを使うのオススメだよ。全部で3つあって、それぞれ内装の色が違うんだよ。」
朔久はそう言いながら、ガラス越しにカラフルな個室を指差した。
確かに、それぞれの部屋が、赤、青、黄色といった鮮やかな色で彩られていて
遊び心を感じさせる。
「人気高そう…」
「うん。もちろん、Wi-Fi完備だし、各席にはコンセントもあって、複合機も自由に使える」
「モニターやブランケットの無料貸し出しもあるし、空気清浄機もエアドックを導入してるから、空気も綺麗だよ」
朔久は、まるで施設の案内人のように、流れるような説明を続けた。
彼の言葉からは、この場所への深い理解と、利用者への細やかな配慮が感じられた。
そして、朔久が俺を連れて向かったのは、フロアの一角にあるドリンクコーナーだった。
「そして、なんと言ってもこれだよ楓」
朔久が笑顔で指差したのは、ずらりと並んだドリンクサーバーと、コーヒーマシンだ。
「フリードリンクまであるんだ…?」
俺は思わず声を上げた。
「そう。しかも、コーヒーは清澄白河の人気店
『iki』のお豆を使ってるんだ。以前行こうとして、大行列で諦めたお店のコーヒーが、ここで飲み放題なんて、珈琲好きの楓にとっては堪らないんじゃない?」
朔久の言葉に、俺は目を見開いた。
ikiのコーヒーは、俺も一度飲んでみたいと思っていた憧れのコーヒーだ。
まさか、こんな場所で、しかも飲み放題で提供されているとは。
「もうそれ聞いただけで行きつけになりそう…」
興奮を隠しきれない俺の反応に、朔久は楽しそうに笑った。
「中煎りと深煎りの2種類があって、アイスもホットも選べてね、ブラックはもちろん、ラテも作れるんだ。エスプレッソマシンも、なんとサーモプラン製だよ」
朔久は俺の好みを完璧に把握している。
そのことに、胸の奥がじんわりと温かくなった。
「こんなに充実してるなんて、信じられない……」
俺は感動しながら、コーヒーマシンをまじまじと見つめた。
他にも、ソフトドリンクや、ちょっとしたスナックまで用意されている。
「ドロップイン利用はもちろん、月額会員や、近くにある『なごみの湯』がセットになったプランもあるんだ」
「1階にはセブンイレブンもあるし、この辺りには飲食店やカフェも多いから、会員になれば途中離席もOKだから次から1人で使ってみるのもいいと思うよ」
朔久はそう言って、この施設の利便性を改めて強調した。
朔久の説明を聞けば聞くほど
このコワーキングスペースが、いかに利用者のことを考えて作られているかが伝わってくる。
「すごいや……ここなら、本当に快適に仕事ができそう」
俺は心からそう思った。
そして、朔久がこの場所を俺に勧めてくれたこと
ここまで丁寧に案内してくれていることに、改めて感謝の気持ちが湧き上がった。
「楓が気に入ってくれてよかった。これなら、プロジェクトの打ち合わせもスムーズに進められそうだね」
朔久は俺の顔を覗き込み、満足そうに微笑んだ。
その笑顔は、どこか達成感に満ちているようにも見えた。
(朔久は、本当に俺のことを考えてくれてるんだ……)
頬に残る微かな熱はまだ消えないけれど